明治蜜恋ロマン~御曹司は初心な新妻を溺愛する~
「ほ、本当か? 信明、車を出せ」
「わかりました」


まだ歩けるのに、行基さんは私を抱き上げる。


「章子さん、また」
「お前、こんなときになに言ってるんだ?」


どうやら男性陣はアタフタしているようだけど、私と章子さんは落ち着いていた。
来るべきときが来ただけだ。


徒歩五分。
車でなら一分かからない家に帰ると、血相を変えた行基さんは貞を呼ぶ。


「陣痛だ。すぐに準備を」
「かしこまりました」


出産、そして産後の赤ちゃんの世話も含めて、女中がふたり増えた。
自分のことは自分でするのに……。


そんな悠長なことを考えられていたのも、それから数時間の間だけだった。

産婆さんに来てもらうと、陣痛の間隔が徐々に短くなってきた。


「あぁっ、痛いっ……」


しかしそれから十六時間。
もう日が高く上がってきたのに、生まれる気配がない。


「あや、頑張れ」


着替える間もなく、ネクタイを外したシャツ姿の彼は、あれからずっと私の手を握り励まし続けてくれる。

暴漢に襲われたときと逆だ。
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