明治蜜恋ロマン~御曹司は初心な新妻を溺愛する~
「嘘……」


その人を見た瞬間、私は肌が粟立つのを感じた。だって……。


「時計の、人だ」


あの銀の懐中時計をくれた紳士だったからだ。


「あの人が……」


初子さんの旦那さまになる人なの?

あのとき優しかったことを思い出し安堵を覚えたのもつかの間。今度は妙な胸のもやもやに苦しむことになる。

なんなの、この気持ち。

私が呆然としている間に、客間へと入っていった。

障子越しに聞こえる会話に、どうしても耳が傾いてしまう。


しかし、肝心のふたりの声は最初の挨拶以外は聞こえてこず、あとは互いの両親が婚姻について話しているだけ。


「——それでは祝言は二カ月後に」


そうして早くも初子さんの嫁入りが決定した。

こんなにあっさりと、人生の先が決まってしまうの?

もっと互いが会話を交わして、理解を深めてからだとばかり思っていたのに。初子さんが言っていた通り、婚姻は決定事項で顔あわせをしただけだった。
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