明治蜜恋ロマン~御曹司は初心な新妻を溺愛する~
「あっいけない……」


遠くから蒸気機関車が近づいてくる音がする。

家の中で家事に追い立てられる間とは違い、好きなことをしていられる時間があまりに楽しくて、初子さんとの約束の時刻が迫っていることに気づいていなかった。

今日は、あの蒸気機関車が通る頃には初子さんと合流していなくてはならなかったのに。


時計を持たない私は、どこかの店先にある時計を盗み見するか、太陽の位置で大体の時間を把握していたが、今日はそんなことをすっかり忘れてはしゃいでいた。

あぁ、この夢中になると他のことを忘れてしまう性格をなんとかしなくては。

反省を胸に、初子さんと落ち合う約束している神社に向かうため、袴を少したくし上げ走り出すと……。


「キャッ」


目前をすごい勢いて通りかかった人力車の車輪が、昨日までの雨のせいでできていた水たまりの水を跳ね上げてしまい、私の——正確には初子さんの、矢絣の着物と顔にかかってしまった。
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