Piano~ピアノ~
Piano:好きになってもらいたい!⑥
***
「変なコトしようとしたら、追い出すから」
先手を打つ形でキッパリと釘を刺された俺。だけど好きな人に手を出さない男なんている?
複雑な心境を抱えながら、こっそり叶さんの横顔を見る。
この間会った時とは違う香水の薫り。ラフな服を着てるだけで雰囲気が全然違う。サラサラな黒髪をタイトにまとめている様子も、キレイな顔がはっきりと見えるのでもう……
ぬおぅ 、俺の欲情を掻き立てるには充分過ぎる材料だ。
心の中で身悶え、頭を抱えた。
俺が孤独にいろんな欲情と闘ってる間に、叶さんの自宅に到着した。マンション三階、鈴のキーホルダーが付いた鍵を扉に差し込む。
色の白い手、細長い指……すべてが綺麗すぎるっ!
やがて扉が開かれ、中に促された。
玄関の扉が閉じた瞬間、目の前にいる叶さんに思わず抱きついてしまう。
――叶さん好きです、大好きなんです!
後ろから抱きついているので、叶さんがどんな顔をしているかまったく分からない。声にならない想いが力になって、ぎゅうぎゅうと叶さんを抱き締めてしまう。
「……」
あれ? 何も言わない、殴ってもこない――逆にされるがままになってる叶さんに不安を覚える。まるで嵐の前の静けさ……。
はっと我に返り、放り出す勢いで叶さんから手を退けた。するとチラリとこちらを一瞥し、何事もなかったように家の中へ入って行く。
何だろ、さっきの視線。哀しそうな目をしてなかったか? もしかして俺が泣かせた?
ガーン……。
勝手にショックを受けてたら、中から怒号が響いた。
「いつまでそこにいるつもり? マジで追い出すよ」
さっきとは打って変わり、怒っている叶さん。あの目は、見間違いだったのだろうか?
「お邪魔します……」
おずおずと中に入る。リビングに入ったら、強引に手渡されたマグカップ。
「粗茶ですが、どーぞ」
中身は日本茶。マグカップに日本茶? 不思議そうな顔して、叶さんを見た。
「うちにお客は来ることがないから湯飲み仕様なの。もっぱらこのスタイル」
美味しそうに、お茶をすする。
「そこに座ったら?」
窓辺に向かいながらコタツを指差してきたので、ちょこんと座る。
「いただきます……」
同じようにお茶をすすってみた。そんな俺の横を通り過ぎて窓辺に佇むと、カーテンの影から外を見る叶さん。
そんな彼女から視線を隣の部屋に移してみた。そこは寝室らしく、シングルベッドがあって。そのせいでいらない妄想が頭の中に展開されてしまい、マグカップを持つ手に力が入る。さっき抱き締めたこと(多少なりとも)後悔していたのに、また刺激的な材料があるなんて!
「こっち見てる」
ポツリと叶さんが呟く。
「ごめんなさいっ! 勝手にあちこち見てしまって」
ついベッドをガン見し過ぎた。
肩をすくめて慌てて謝罪した俺に視線を移さずに、ずっと外を見続ける。
「外にいる、ストーカーのことよ」
呆れた口調で言う。さっきから赤っ恥をかきすぎだろ。穴があったら入りたい……。
ズズーンと落ち込んでいる俺の横をまたしても通り過ぎ、リビングの壁に手を伸ばして電気を消す。真っ暗な部屋に、カーテンの隙間から月明かりがそっと入りこんだ。
「叶さん?」
「恋人同士、部屋が暗くなったら、することはひとつでしょう」
そう言ってまた、窓辺から外を見る。月明かりを浴びた叶さんの顔は、とても綺麗だった。
「いい加減、諦めてくれないかな」
口調とは裏腹な眼差し。どこか切ないように見える、そして……
「何だか叶さん、淋しそう……」
「うん?」
こっちを振り向いた叶さんの顔は、今まで見た中で一番儚げで消えてなくなりそうだった。
「俺こんなんだし頼りないかもしれないけど、何かできることがあれば手伝わせて下さい」
叶さんが好きだから……
そんな俺を見ながら、盛大なため息をつく。
「極力アナタに、頼ることにならないようにしなきゃ」
「何でそんなに突っ張るんですか?」
自嘲的に笑う叶さんに、思わず怒鳴った。
「好きな人を助けたいと思って、何が悪いんですか? 俺、ホントに心配しているんですよ」
「賢一くん……」
「そりゃ俺は叶さんよりも年下だし、賢くないし馬鹿だしスケベだし」
俺はこのとき自分がすごいことを言ってるのを、全然気づいてなかった。ただ怒りにまかせて、叶さんに想いをぶつける。
そんな俺に何も言わず、ただじっと見つめていた。
「だけど……だけど叶さんを想う気持ちは、誰にも負けないつもりだし勿論、外にいるストーカーなんか問題が――」
問題外と言おうとしたが言えなかった。叶さんの唇で塞がれたから。ほんの2、3秒の出来事が突然すぎて思考回路が見事に停止する。
「ウルサイ、ギャーギャー騒ぐな」
ポカーン(○д○)
「それ飲んだら帰りなさい、ストーカーも消えたし」
パチンとリビングの電気をつけた。
俺は慌ててお茶を飲み干す。長居は無用な空気がひしひしと漂っていた。
「お茶ご馳走様でした、それじゃ失礼します」
「明日の予定はお昼頃までにメールできると思うから、宜しくね」
「分かりました、おやすみなさいです」
そう言って、叶さん宅を後にした。
未だ先程のことが信じられず、キツネにつままれた顔をして家路についた。
夢じゃないよな――?
「変なコトしようとしたら、追い出すから」
先手を打つ形でキッパリと釘を刺された俺。だけど好きな人に手を出さない男なんている?
複雑な心境を抱えながら、こっそり叶さんの横顔を見る。
この間会った時とは違う香水の薫り。ラフな服を着てるだけで雰囲気が全然違う。サラサラな黒髪をタイトにまとめている様子も、キレイな顔がはっきりと見えるのでもう……
ぬおぅ 、俺の欲情を掻き立てるには充分過ぎる材料だ。
心の中で身悶え、頭を抱えた。
俺が孤独にいろんな欲情と闘ってる間に、叶さんの自宅に到着した。マンション三階、鈴のキーホルダーが付いた鍵を扉に差し込む。
色の白い手、細長い指……すべてが綺麗すぎるっ!
やがて扉が開かれ、中に促された。
玄関の扉が閉じた瞬間、目の前にいる叶さんに思わず抱きついてしまう。
――叶さん好きです、大好きなんです!
後ろから抱きついているので、叶さんがどんな顔をしているかまったく分からない。声にならない想いが力になって、ぎゅうぎゅうと叶さんを抱き締めてしまう。
「……」
あれ? 何も言わない、殴ってもこない――逆にされるがままになってる叶さんに不安を覚える。まるで嵐の前の静けさ……。
はっと我に返り、放り出す勢いで叶さんから手を退けた。するとチラリとこちらを一瞥し、何事もなかったように家の中へ入って行く。
何だろ、さっきの視線。哀しそうな目をしてなかったか? もしかして俺が泣かせた?
ガーン……。
勝手にショックを受けてたら、中から怒号が響いた。
「いつまでそこにいるつもり? マジで追い出すよ」
さっきとは打って変わり、怒っている叶さん。あの目は、見間違いだったのだろうか?
「お邪魔します……」
おずおずと中に入る。リビングに入ったら、強引に手渡されたマグカップ。
「粗茶ですが、どーぞ」
中身は日本茶。マグカップに日本茶? 不思議そうな顔して、叶さんを見た。
「うちにお客は来ることがないから湯飲み仕様なの。もっぱらこのスタイル」
美味しそうに、お茶をすする。
「そこに座ったら?」
窓辺に向かいながらコタツを指差してきたので、ちょこんと座る。
「いただきます……」
同じようにお茶をすすってみた。そんな俺の横を通り過ぎて窓辺に佇むと、カーテンの影から外を見る叶さん。
そんな彼女から視線を隣の部屋に移してみた。そこは寝室らしく、シングルベッドがあって。そのせいでいらない妄想が頭の中に展開されてしまい、マグカップを持つ手に力が入る。さっき抱き締めたこと(多少なりとも)後悔していたのに、また刺激的な材料があるなんて!
「こっち見てる」
ポツリと叶さんが呟く。
「ごめんなさいっ! 勝手にあちこち見てしまって」
ついベッドをガン見し過ぎた。
肩をすくめて慌てて謝罪した俺に視線を移さずに、ずっと外を見続ける。
「外にいる、ストーカーのことよ」
呆れた口調で言う。さっきから赤っ恥をかきすぎだろ。穴があったら入りたい……。
ズズーンと落ち込んでいる俺の横をまたしても通り過ぎ、リビングの壁に手を伸ばして電気を消す。真っ暗な部屋に、カーテンの隙間から月明かりがそっと入りこんだ。
「叶さん?」
「恋人同士、部屋が暗くなったら、することはひとつでしょう」
そう言ってまた、窓辺から外を見る。月明かりを浴びた叶さんの顔は、とても綺麗だった。
「いい加減、諦めてくれないかな」
口調とは裏腹な眼差し。どこか切ないように見える、そして……
「何だか叶さん、淋しそう……」
「うん?」
こっちを振り向いた叶さんの顔は、今まで見た中で一番儚げで消えてなくなりそうだった。
「俺こんなんだし頼りないかもしれないけど、何かできることがあれば手伝わせて下さい」
叶さんが好きだから……
そんな俺を見ながら、盛大なため息をつく。
「極力アナタに、頼ることにならないようにしなきゃ」
「何でそんなに突っ張るんですか?」
自嘲的に笑う叶さんに、思わず怒鳴った。
「好きな人を助けたいと思って、何が悪いんですか? 俺、ホントに心配しているんですよ」
「賢一くん……」
「そりゃ俺は叶さんよりも年下だし、賢くないし馬鹿だしスケベだし」
俺はこのとき自分がすごいことを言ってるのを、全然気づいてなかった。ただ怒りにまかせて、叶さんに想いをぶつける。
そんな俺に何も言わず、ただじっと見つめていた。
「だけど……だけど叶さんを想う気持ちは、誰にも負けないつもりだし勿論、外にいるストーカーなんか問題が――」
問題外と言おうとしたが言えなかった。叶さんの唇で塞がれたから。ほんの2、3秒の出来事が突然すぎて思考回路が見事に停止する。
「ウルサイ、ギャーギャー騒ぐな」
ポカーン(○д○)
「それ飲んだら帰りなさい、ストーカーも消えたし」
パチンとリビングの電気をつけた。
俺は慌ててお茶を飲み干す。長居は無用な空気がひしひしと漂っていた。
「お茶ご馳走様でした、それじゃ失礼します」
「明日の予定はお昼頃までにメールできると思うから、宜しくね」
「分かりました、おやすみなさいです」
そう言って、叶さん宅を後にした。
未だ先程のことが信じられず、キツネにつままれた顔をして家路についた。
夢じゃないよな――?