Piano~ピアノ~
Piano:水戸史哉side④
午前中の綾からの電話が、俺の心を沈ませていた。誰も使っていない会議室から、内線電話をかける。程なくして、愛しい後輩の声が耳元に聞こえてきた。
「叶、俺だけど」
つい名前で呼んでしまう。今までの距離を、何とかして埋めたい――会社だというのにその考えが浮かんだせいで、そっと名前を告げてしまった。
「何だか声が聞きたくなってな……。きちんと食べてるか?」
叶のことだ。忙しくしているときは、あまり物を食べていないはず。時間を惜しむように、仕事をしているだろうから。
「適当に、つまめる物をつまんでいます」
懐かしい言葉に、思わず唇に笑みが零れる。きっと叶も同じように微笑んでいるんだろう。そんな空気が声から伝わってきた。
そんな彼女を食事に誘ってみようと言葉にしてみた。何かしら目標があった方が、残業を早く終わらせようと頑張れる気がする。
するとふたつ返事の答えに、思わず声が弾んでしまった。久しぶりに叶に会えるんだな。
心を躍らせながら、ゆっくりと電話を切った。
待ち合わせの場所に着くと、既に叶は来ていた。携帯の画面を熱心に見ながら、複雑そうな表情を浮かべている。
彼女の背後に近付くべく音を立てずに、こっそり近付く。
『思っていたより、髪型似合ってた』
メッセージの文面を読んで、眉根を寄せてしまった。微妙な心情の俺が背後にいることを知らずに、短い文面を送信する叶を驚かす気がいっぱいで、両手を使って目隠した。
「どこの男にメールを送っていたんだい?」
「史哉さん……」
困惑した声色に、男だろうかという自分の読みが当たったことを知った。
綾じゃないがしばらく会ってなかったし、寂しい想いをさせたのかもしれないな……。
手を離した瞬間に、掠め取るようなキスをしてやった。驚いた叶は、俺をドンと突き飛ばす。
しっかり周りは確認済みの上での行為なのに、慎重な彼女はそれでも気にする。
「唇が冷たい、かなり待たせたかい?」
「ここに来るのに、少し歩いたから」
「で、どこの男にメールしてた?」
普通の会話から話を急に変え、一番聞きたいことの核心を突く。こうすると頭の切り替えがうまくできず、嘘はつけない――
叶の顔色を窺いながら答えを待った。
「大学の後輩です……」
目を逸らさずに凛として答えていたので、嘘ではなさそうだ。
内心ほっとしながら、彼女といきつけのバーに向かった。
「今日の服装、カジュアルな感じだな」
もしかしてその大学の後輩と一緒だったんだろうか。だから髪型が、どうのこうのと書いていたのか。
人をあまり寄せ付けない雰囲気をしている叶が、珍しく男と一緒にいた事実にちょっとショックを受けた。
「こんなにお洒落なバーなら、もっと良いのを着てくれば良かった……」
「叶は何を着ても似合うよ」
綺麗な髪を、そっと梳いてあげる。照れているのもあるが、あちこちに視線を彷徨わせて落ち着かない叶が可愛かった。今すぐに抱きしめたい衝動にかられる。
「今日の叶は何だか甘え上手だな。このままお持ち帰りしてもいい?」
形のいい耳元で呟くと、くすぐったそうに身をよじる。
しかし心底済まなそうな顔をして、あっさり断られた。仕事じゃしょうがない。まったく叶の出世も、俺並みにすごいもんだ。
肩に手を回すと困った顔をしながら、笑いかけてきた。普段なら視線を合わせない場面なのに、違和感を覚える。何かあるのかもしれない――
嫌な予感が頭を過ぎった。
「叶、俺だけど」
つい名前で呼んでしまう。今までの距離を、何とかして埋めたい――会社だというのにその考えが浮かんだせいで、そっと名前を告げてしまった。
「何だか声が聞きたくなってな……。きちんと食べてるか?」
叶のことだ。忙しくしているときは、あまり物を食べていないはず。時間を惜しむように、仕事をしているだろうから。
「適当に、つまめる物をつまんでいます」
懐かしい言葉に、思わず唇に笑みが零れる。きっと叶も同じように微笑んでいるんだろう。そんな空気が声から伝わってきた。
そんな彼女を食事に誘ってみようと言葉にしてみた。何かしら目標があった方が、残業を早く終わらせようと頑張れる気がする。
するとふたつ返事の答えに、思わず声が弾んでしまった。久しぶりに叶に会えるんだな。
心を躍らせながら、ゆっくりと電話を切った。
待ち合わせの場所に着くと、既に叶は来ていた。携帯の画面を熱心に見ながら、複雑そうな表情を浮かべている。
彼女の背後に近付くべく音を立てずに、こっそり近付く。
『思っていたより、髪型似合ってた』
メッセージの文面を読んで、眉根を寄せてしまった。微妙な心情の俺が背後にいることを知らずに、短い文面を送信する叶を驚かす気がいっぱいで、両手を使って目隠した。
「どこの男にメールを送っていたんだい?」
「史哉さん……」
困惑した声色に、男だろうかという自分の読みが当たったことを知った。
綾じゃないがしばらく会ってなかったし、寂しい想いをさせたのかもしれないな……。
手を離した瞬間に、掠め取るようなキスをしてやった。驚いた叶は、俺をドンと突き飛ばす。
しっかり周りは確認済みの上での行為なのに、慎重な彼女はそれでも気にする。
「唇が冷たい、かなり待たせたかい?」
「ここに来るのに、少し歩いたから」
「で、どこの男にメールしてた?」
普通の会話から話を急に変え、一番聞きたいことの核心を突く。こうすると頭の切り替えがうまくできず、嘘はつけない――
叶の顔色を窺いながら答えを待った。
「大学の後輩です……」
目を逸らさずに凛として答えていたので、嘘ではなさそうだ。
内心ほっとしながら、彼女といきつけのバーに向かった。
「今日の服装、カジュアルな感じだな」
もしかしてその大学の後輩と一緒だったんだろうか。だから髪型が、どうのこうのと書いていたのか。
人をあまり寄せ付けない雰囲気をしている叶が、珍しく男と一緒にいた事実にちょっとショックを受けた。
「こんなにお洒落なバーなら、もっと良いのを着てくれば良かった……」
「叶は何を着ても似合うよ」
綺麗な髪を、そっと梳いてあげる。照れているのもあるが、あちこちに視線を彷徨わせて落ち着かない叶が可愛かった。今すぐに抱きしめたい衝動にかられる。
「今日の叶は何だか甘え上手だな。このままお持ち帰りしてもいい?」
形のいい耳元で呟くと、くすぐったそうに身をよじる。
しかし心底済まなそうな顔をして、あっさり断られた。仕事じゃしょうがない。まったく叶の出世も、俺並みにすごいもんだ。
肩に手を回すと困った顔をしながら、笑いかけてきた。普段なら視線を合わせない場面なのに、違和感を覚える。何かあるのかもしれない――
嫌な予感が頭を過ぎった。