Piano~ピアノ~
***
  
「まったく……。ホントに講義に出てるの?」

 現在叶さん宅にお邪魔している。いつものように課題をこなしている俺の傍で、彼女はお持ち帰りの仕事をしていた。

 一服すべく、叶さんが淹れてくれたお茶をすする。

「出てるよ、ちゃんと」

 出てるけど全然頭に入ってないので、出てないのと同じだろう。

 呆れ顔の叶さんを見ると、胸がキュンとした。この人が俺の彼女なんて、未だに信じられないや、ほわーん。

「また変なコトを考えてるし」

「叶さんには何でもお見通しだね。嬉しいなぁ」

「留年するわよ」

「それもいいかもなぁ。こうやって叶さんに勉強を見てもらえるし」

 またまたほわーんとする俺を見て、深い溜息をつく叶さん。その見る目の白いことこの上ない。

「おバカな彼氏は持ちたくないわ、留年したら振ってやる」

 彼氏というフレーズに一瞬歓喜したが、その後の言葉で現実に戻された。振るだけは勘弁してほしい……。

「振られないように頑張ります、はいっ!」

 俄然やる気の上がった俺なのだが、その集中力は蟻んこ並みでだった。手を止めるとついつい、叶さんを見つめてしまう。その視線に気がつくと左手をグーの形を作って、殴るわよと無言で脅してきた。

「ちょっとくらいいいじゃん、減るもんじゃないのに」

 ボソッと文句を言うと、振りかぶって殴られた。かなり痛い、本気で殴ったな……。

「こっちだって仕事してんの。チラチラ見られたら落ち着かないでしょ。君は私の邪魔をしたいの?」

「邪魔する気なんて、さらさらないよ。だけどしょうがないじゃないか。叶さんが好きなんだから」

「…………」

 叶さんは俺の言葉に反応せず溜息ひとつついて、パソコンの画面を見る。華麗に俺の気持ちをスルー……いつもそうだ、このやり取り。

 俺はこたつむりよろしく、その場にゴロンと寝転がった。

 モヤモヤ考えてても仕方ない、お腹もすいたし何か食べよう。

 立ちあがりキッチンに向かって、冷蔵庫を開けてみた。いつも通り何も入ってない――

「叶さん、どうして冷蔵庫にカロリーメイトが入ってるんですか?」

 キンキンに冷やして、食べたら美味しいとか?

 しかし、俺の質問をしっかり無視……。次に冷凍庫を開けてみる。

「叶さん、どうして冷凍庫に、スルメイカが入ってるんですか?」

 もしかしてこれも、凍らせて食べると美味しいとか?

「……多分この間、会社帰りにコンビニに寄って、ワンカップと一緒に買った物だと思う」

「ワンカップ……」

 ――オヤジか!?

「帰りながら一気呑みしたら酔いが回って、その勢いで入れたんじゃないかな」

 空腹にお酒入れるから酔うんだよ、まったく。

 内心呆れながら冷凍庫を閉めて、自分の財布を手に玄関に行った。

「そこのスーパーで食材買って来ます。何か食べたい物はないっすか?」

 叶さんの後姿に問いかける。

「賢一くんの作る物なら、何でも食べる」

 なぁんて可愛いことを言ってくれた。堪らずに後ろからぎゅっと抱きしめてやる。えい。

「仕事中!」

 そんな怒りをスルーして甘えながら(とか言いつつ恐る恐る)聞いてみる。

「今晩泊ったらダメ?」

「何で?」

「明日からバンドメンバーのオーディションするから、しばらく会えなくなるし」

 会えなくなるのが寂しいとは言えない。でもあっさりと承諾してくれた、稀にみる奇跡!!

「私もこれから遅くまで残業が続くと思うから、今までのように会えないと思う」

「それじゃあ、朝ごはんの食材も一緒に買って来ます。何を作ろうかなぁ」

 離れる前にもう一度抱きしめてから、軽い足取りで玄関に向かった。ウキウキしながら、スーパーに向かう。

 一晩だけどずっと一緒にいられることが、嬉しくて堪らなかった。
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