Piano~ピアノ~
Piano:叶side②
いつだったか残業していた日、不意に話しかけられたのがそもそもの始まりだった。
「遅くまで頑張りすぎじゃないか? 他の人は帰っているのに」
「これをまとめ上げたら帰ります。すみません」
手際よく仕事をこなせていない分、前倒しで仕事をしていた。資料からパソコンの画面を見ようとしたら、突然水戸部長の顔のアップがあってかなり驚き、声をあげそうになった。
「ちゃんと食べてないだろ、顔色が悪い」
そう言って、私の下まぶたをわざわざめくってそれを確かめる。部長の手の温かさに、妙にドキドキした。
「ほら、貧血気味になってるじゃないか。普段は何を食べているんだ?」
「適当に……。つまめる物を食べてます」
「つまめる物って、酒のツマミじゃあるまいし。早くそれを終わらせろ。俺の自宅で食事していけ」
そう言って隣の席に座って、待っていてくれた。
私がNOと言っても多分無理やりにでも連れて行くんだろうなぁと思ったので、反論せずにそのまま仕事を続け、何とか終わらせる。
部長の自宅は職場から歩いて、5分ほどの場所にあった。マンションの7階、小さすぎず広すぎずな部屋の造りを、きょろきょろ見渡した。
奥さんはどこにいるんだろう?
挨拶しなきゃと思っていると、手に缶ビールを持った部長が傍に近付いてきた。
「これでも呑んで、座って待っててくれ」
ニコニコしながら言って、奥にあるキッチンに行ってしまう。
「あのぅ、奥さまは?」
「現在別居中、もうかれこれ1年になるかな」
何かを刻みながら部長は答える。
別居の理由を聞いてみたかったが、それはプライベートなことなので当然聞けなかった。
手渡されたビールをテーブルに置き、料理をしている部長の様子をこっそりと見つめてみた。普段の仕事をしているときとは違って、リラックスしている様子は何だか楽しそうだ。
「何か、お手伝いすることはありませんか?」
「中林くんは今日お客さん扱いだから、ゆっくり座ってなさい。いつも頑張り過ぎなんですよ。俺にまでそんなに気を遣うことはない」
苦笑いしながら、フライパンを器用に操る。
20分後――私の前にはレバニラ炒めなど、4品の料理がテーブルに並べられた。
「水戸部長って、料理ができるんですね。しかもどれも美味しいです」
「だから奥さんに逃げられたのかもって思った?」
「そそそ、そんなこと、思ってないです……」
「中林くんは隠し事のできないタイプだね。わかりやすくて、いい」
そういうと頭をなでてくれる。何だかくすぐったくて、思わず首をすくめた。
「小さい気遣いができるから、接客業に向いているんだね。だけどその気遣いのせいで、人間関係が上手くいかないんだろうな」
私の目を見ながら水戸部長が言う。その視線に耐えられず俯くと、急に抱きしめられた。
「水戸部長っ!?」
「そんなに突っ張んないで、もう少し周りの人に頼りなさい。きっとみんな、君の味方になってくれるから。俺もできることがあればサポートするし」
そう言って、背中をポンポン叩いてくれる。まるで小さい子をあやす様に――
その内ふっと、自然に体の力が抜けていく感じがした。
小さい溜息をついて顔をあげると、心配そうな目をした部長の視線と絡まる。そんな視線から目を離せずにいると、さらにぎゅっと抱きしめられた。
安心できるぬくもりを感じて目を閉じると、唇に温かいモノが重なる。
この時、会社とか自分の立場とか、全く頭になかった。ただこのぬくもりを離したくなくて、ずっとすがりついてしまった。
この日を境に私は、水戸部長の愛人になったのである。
「遅くまで頑張りすぎじゃないか? 他の人は帰っているのに」
「これをまとめ上げたら帰ります。すみません」
手際よく仕事をこなせていない分、前倒しで仕事をしていた。資料からパソコンの画面を見ようとしたら、突然水戸部長の顔のアップがあってかなり驚き、声をあげそうになった。
「ちゃんと食べてないだろ、顔色が悪い」
そう言って、私の下まぶたをわざわざめくってそれを確かめる。部長の手の温かさに、妙にドキドキした。
「ほら、貧血気味になってるじゃないか。普段は何を食べているんだ?」
「適当に……。つまめる物を食べてます」
「つまめる物って、酒のツマミじゃあるまいし。早くそれを終わらせろ。俺の自宅で食事していけ」
そう言って隣の席に座って、待っていてくれた。
私がNOと言っても多分無理やりにでも連れて行くんだろうなぁと思ったので、反論せずにそのまま仕事を続け、何とか終わらせる。
部長の自宅は職場から歩いて、5分ほどの場所にあった。マンションの7階、小さすぎず広すぎずな部屋の造りを、きょろきょろ見渡した。
奥さんはどこにいるんだろう?
挨拶しなきゃと思っていると、手に缶ビールを持った部長が傍に近付いてきた。
「これでも呑んで、座って待っててくれ」
ニコニコしながら言って、奥にあるキッチンに行ってしまう。
「あのぅ、奥さまは?」
「現在別居中、もうかれこれ1年になるかな」
何かを刻みながら部長は答える。
別居の理由を聞いてみたかったが、それはプライベートなことなので当然聞けなかった。
手渡されたビールをテーブルに置き、料理をしている部長の様子をこっそりと見つめてみた。普段の仕事をしているときとは違って、リラックスしている様子は何だか楽しそうだ。
「何か、お手伝いすることはありませんか?」
「中林くんは今日お客さん扱いだから、ゆっくり座ってなさい。いつも頑張り過ぎなんですよ。俺にまでそんなに気を遣うことはない」
苦笑いしながら、フライパンを器用に操る。
20分後――私の前にはレバニラ炒めなど、4品の料理がテーブルに並べられた。
「水戸部長って、料理ができるんですね。しかもどれも美味しいです」
「だから奥さんに逃げられたのかもって思った?」
「そそそ、そんなこと、思ってないです……」
「中林くんは隠し事のできないタイプだね。わかりやすくて、いい」
そういうと頭をなでてくれる。何だかくすぐったくて、思わず首をすくめた。
「小さい気遣いができるから、接客業に向いているんだね。だけどその気遣いのせいで、人間関係が上手くいかないんだろうな」
私の目を見ながら水戸部長が言う。その視線に耐えられず俯くと、急に抱きしめられた。
「水戸部長っ!?」
「そんなに突っ張んないで、もう少し周りの人に頼りなさい。きっとみんな、君の味方になってくれるから。俺もできることがあればサポートするし」
そう言って、背中をポンポン叩いてくれる。まるで小さい子をあやす様に――
その内ふっと、自然に体の力が抜けていく感じがした。
小さい溜息をついて顔をあげると、心配そうな目をした部長の視線と絡まる。そんな視線から目を離せずにいると、さらにぎゅっと抱きしめられた。
安心できるぬくもりを感じて目を閉じると、唇に温かいモノが重なる。
この時、会社とか自分の立場とか、全く頭になかった。ただこのぬくもりを離したくなくて、ずっとすがりついてしまった。
この日を境に私は、水戸部長の愛人になったのである。