Piano~ピアノ~
***
その夜、まさやんが現れたのは午後九時過ぎ。ちょっと残業が入ったらしい。
「ごめんね、忙しいのに」
「大丈夫だ。一緒に買い物したい物があったから、丁度良かった」
そう言って荷物を手渡してくれた。 俺はお金をきちんと支払う。
「介護は大変だろうと思ったが、全然そんな感じじゃないな」
「何で?」
不思議に思って訊ねてみると、ため息を一つついて、眉根をきゅっと寄せながらうんざりした顔をする。
「そんなデレデレした顔してるんなら、手伝わなくても大丈夫だろ」
「だって叶さんが傍にいると思うと、自然とこんな顔になるんだもん」
後ろを振り返って、その存在を肌で感じてみた。
「そういえばまさやん、目が悪かったっけ? メガネなんかしてさ」
「ま……いろいろとな。童顔だから、ナメられたくないんだ」
「会社でキレ者のまさやんをナメるヤツなんて、どこにもいないっしょ」
笑いながら言うと、メガネの奥の瞳が光った。マジでコワイんですが――
てっきり俺を睨んでいると思っていたのに、何だか後方を見ているような?
不思議に思って振り返ると、パジャマの上にカーディガンを羽織った叶さんが、いつの間にかリビングに立っているではないか!!
さっき安らかに、しかばねの如く寝てたはずなのに、どうして……?
俺と目が合った叶さんは、和やかな笑顔でこっちにやって来た。柔和な笑顔が、逆にコワイ――
なぜか、玄関の隅っこに慌てて避けてしまう俺。
その叶さんの笑顔に対抗したのか、まさやんがいつものニヒルな笑みで返す。
「まさやんくん、久しぶりね」
「アナタにまさやんくん呼ばわりされる、間柄ではないんですが?」
「それは失礼。では何て呼んだらいいでしょうか?」
「名乗りが遅れて申し訳ないです、鎌田正仁と言います」
「私は中林叶と申します」
ひっ――何か見えない火花が散ってる。絶対に何かあるよ、お互いの目線の中央にっ!
俺のハラハラをよそに、どんどんふたりの会話が展開されていく。
「日本に帰国して早速風邪を引くなんて、向こうの空気の方があってたんじゃないんですか?」
「そうかもしれないわね。向こうでは常にレディーファーストで過ごしていたし。こっちに帰ってきたらゾンザイに扱われるから、ショックで寝込んでしまったのかも」
「ここは日本ですからね。年上だからって、ワガママ放題はどうかと思います」
フッと微笑みながら言う(目が全く笑ってない、氷の微笑だよ)まさやん、もうこれ以上止めてくれ。
叶さんも、もう布団に戻ってくれ……。
「今日は何をしに来たの?」
「勿論お見舞いですよ。三日間も寝込んでいたそうで、大変でしたね」
「何年かぶりに風邪を引いたから、重くなったみたいで」
「そうですか。バカは風邪を引かないですからね」
「私のお見舞いに来たのに、随分賢一と仲良さそうに、ここで喋っていたようだけど」
「賢一くんの会社に、年下でスタイル抜群の可愛い女の子がいるって話を聞いてたんです。本人が紹介を渋ってたので、追求していただけなんですが?」
そんな話、一言も俺は言ってない。どうして今、ワケの分からん話を俺に振るのだ?
answer=年上彼女と別れてしまえ作戦!
自動的に導き出された答えに顔を青くして、口を金魚のようにパクパクした。まさやんは困った俺を見て、可笑しそうに笑っている。例えるなら、悪魔の微笑み――
「ナイスバディで儚げで頼ってくる姿がそそるって、賢一くんは言ってましたよ」
「へえぇ、そんな可愛い年下の女の子がいるから、会社で頑張れるんだね」
叶さんの笑みもコワイ、目が全然笑ってない。
実はだいぶ前に、この話をまさやんにしていたのだ。でもまったく渋った覚えはない。むしろまさやんが、その話を断ったのに。
消えてしまいたい、むしろ誰か殺してくれ!
「また何かあったら、リークしますか?」
「そうね。離れている間に何か他にもありそうだし……。頼もうかな」
「分かりました、それじゃお大事に。失礼します」
片側の口角だけあげて、爽やかに去って行くまさやん。俺のお助け視線を、スルーして出て行った。あの、してやったりな顔。ムカつきたいけど、見惚れてしまいそうになるくらいにカッコイイことこの上ない。
「まさやんくん、いい男になったね」
「はい、そうですね。ははは……」
「それに比べて賢一は……。まったく変わってない上に、年下のナイスバディな女の子に、ムラムラしていたという事実っ!」
俺の腕を凄い力で掴んで、リビングへと誘導する。
「ナイスバディじゃないし年上だし、ご不満がたくさんあるでしょうねぇ」
「ご不満なんて、そんなことはないですよ。誓いますっ!」
なぜか俺はフローリングに正座して、神様仏様ヨロシク必死に拝み倒す。何を言っても無駄なのは、頭で分かっているんだけどね。
こうなったらどうあっても、怒りはおさまらないのが叶さんなんだ。
「そっ、それよりも叶さん、早く寝て下さい。治りかけが、風邪には良くないんだから」
「そんなの、とっくに治ってる」
「だって熱があったじゃないか」
「そんなの、どうにかすれば簡単に上げられる」
そう言って俺の前にしゃがみこみ、視線を合わせる。叶さんの瞳の中に映る俺の顔は、恐怖に満ちていた。
そんな俺の頬を、両手でグイッとつねる。
「いらいれふ……」
「ホントはもっと、イジメてやろうと思ったけど止めた」
今度は俺の服を、脱がしにかかる。
「ちょちょっと、いきなり何!?」
「風邪で体が鈍ったから、リハビリする。手伝ってくれるでしょ?」
でも、なぜだか営業スマイル――この笑みは裏に何かがある!
「りっ、リハビリって、叩いたり縛ったりとかはないよね?」
「何、ワケ分からないことを言ってるのよ。そういうのがしたいの?」
「したくない、したくないっ! ノーマルなのがいい」
慌てる俺に、ふんわりといつもの笑顔。叶さん……?
「まさやんくんに、すっかり翻弄されちゃった。責任、とりなさいよね」
そう言って、俺にキスをしてきた。柔かい叶さんの唇、いつもの体温。
良かった、ホントに治ってる。
俺が叶さんを抱き締めると、今度は耳元に唇をもってくる。
「賢一、愛してるから……」
言葉の続きを遮って、今度は俺から口づける。
さっきのキスが物足りなくて言葉を遮り、俺からキスをしたら、きちんと受け止めてくれた。
叶さんが帰って来た、こうして傍にいる……。
嬉しくて体を抱き締める手に、ぎゅっと力を込めてしまう。
リビングの床に押し倒されているのは俺なのに、上に乗ってる叶さんを襲ってるなんて変な感じ――
体勢は簡単に入れ替わることができたけど、今はこの愛しい重さを感じていたい。
キスの合間に漏れ聞こえる吐息に満足しながら、叶さんが羽織っているカーディガンを脱がしていく。
「んっ……賢一……」
途中苦しくなったのか、唇を離して肩で息をする叶さん。そんな叶さんの顔を、両手で包み込む。人差し指は耳の後ろにスタンバイ、以前まさやんに教えてもらった技である。
「逃げたらダメだよ。まだリハビリ、始まったばかりなんだから……」
右手を後頭部に回して逃げた叶さんを捕まえ、再びキスをする。左手指を使って、耳の後ろから首筋を優しく撫でていった。
途端に甘い吐息が、口元から告げられる。
ああ、新鮮……。久しぶりだっていうのもあるけど、いつもの叶さんだったら、
『あ……んっ。今のは、感じてないんだからねっ』
と見苦しい嘘をつく。逆にそれが分かりやすくて、何度も責めちゃうんだけどね。
なのに今夜はそれがない様子で、いつになく素直な姿に、俺も堪らなく欲情しているのである。
「叶さん、ちょっとだけ太った?」
俺は叶さんの顔を、覗きこみながら聞いてみる。
パジャマの上から抱きしめたとき、何となく肉つきがよくなったように思ったのだ。特に腹周りが……。
当然叶さんの顔には、しまったと書いてあるわけで。
対応に困ったんだろう。視線をあちこち彷徨わせる。
3日間焦らされたんだ、多少苛めてもいいよね。
パジャマの下から、直接肌に触れてみる。下腹部を上下に撫でさすってみた。
「何、それ?」
「重力に負けたであろう叶さんのお肉を、少しでもなくそうかと思って」
だけどこのムッチリ感も、何となく艶かしい気もするな。変に痩せないように尚且つ、スレンダーな体型維持をするための料理のレシピを考えないと。
ムラムラしながらもきちんと今後のことを考えている俺に、叶さんが俺の大事なトコをズボンの上から鷲掴みした。その掴む手の力の強いこと!
「ひっ!」
「賢一、さっきから何を良からぬことを考えてる?」
「もっ、勿論ふたりの明るい未来についてですよ……」
叶さん、優しく取り扱って欲しい。俺がどんだけこの日を夢見てたか、知らないだろう。
看病してるときに体の汗を拭いてあげたり、寒いからと布団の中で抱き締めたら、耳元でハァハァされたり、お粥を食べさせるときの口の半開きだったり……。ありとあらゆるモノがアレに繋がって、悶絶していたんだぞ!
「叶さん優しくして下さい。俺のナニが死んじゃいますぅ」
とにかく今はかなり敏感なので、優しくされたらされたで問題なのだが、痛いよりはマシ。
やっぱり叶さんには敵わない。少しでも優位に立とうとした、俺がバカでした。
涙目で訴える姿に、してやったり顔の叶さん。俺から手を離して立ち上がる。
「背中痛くない? 重たかったでしょ」
背中よりもアソコが痛かったですとは言えず、苦笑いしながら答える。
「叶さんの重さは愛に比例してるんで、全然大丈夫です」
よいしょと起き上がろうとしたら、叶さんが手を貸してくれた。その手を掴むと引っ張りながらふらつく叶さんを、強引に捕まえた。
「離れてる間にいろんなトコが変わってるみたいだから、入念に検査してリハビリしないとね」
そう言って、耳たぶにキスをしてあげる。
「賢一もその……変わった」
「何が?」
「何がって、アレが……その……ゴニョゴニョ」
顔を真っ赤にして俯きながら、何かを言ってる叶さん、可愛すぎる。
「口にできない何かが変わったんだね。さすが目の付け所が違うなぁ!」
「だーっ、違う違うっ」
反論しながら暴れる叶さんを、布団まで連行する。そして荒っぽく押し倒した。勿論今度は俺が上。
「俺が変わったのを、叶さん自身で体感して下さい。どれだけ恋い焦がれていたのかを」
「賢一……」
「この三日、手を出せずにいたのがどれだけ辛かったか、分からないでしょうね」
どれだけアナタと、ひとつになりたかったか。
「すっげぇ、愛してるんスよ叶さん。せめて今日くらい、素直になって下さい」
「私も賢一のことを、すっごく愛してる」
俺にだけ見せてくれる、スペシャルな笑顔――もう、どうしようもなく好き。
「私が素直になったら、スゴいよ?」
俺の首に、白くて細長い腕が絡まる。
「どう……スゴいんスか?」
「賢一自身で体感して……」
重なるふたりの唇。絡まるふたりの熱い想い。
今まで離れていた距離を一気に縮めた夜。勿論この夜一晩中、リハビリに勤しんだふたりでありました。
その夜、まさやんが現れたのは午後九時過ぎ。ちょっと残業が入ったらしい。
「ごめんね、忙しいのに」
「大丈夫だ。一緒に買い物したい物があったから、丁度良かった」
そう言って荷物を手渡してくれた。 俺はお金をきちんと支払う。
「介護は大変だろうと思ったが、全然そんな感じじゃないな」
「何で?」
不思議に思って訊ねてみると、ため息を一つついて、眉根をきゅっと寄せながらうんざりした顔をする。
「そんなデレデレした顔してるんなら、手伝わなくても大丈夫だろ」
「だって叶さんが傍にいると思うと、自然とこんな顔になるんだもん」
後ろを振り返って、その存在を肌で感じてみた。
「そういえばまさやん、目が悪かったっけ? メガネなんかしてさ」
「ま……いろいろとな。童顔だから、ナメられたくないんだ」
「会社でキレ者のまさやんをナメるヤツなんて、どこにもいないっしょ」
笑いながら言うと、メガネの奥の瞳が光った。マジでコワイんですが――
てっきり俺を睨んでいると思っていたのに、何だか後方を見ているような?
不思議に思って振り返ると、パジャマの上にカーディガンを羽織った叶さんが、いつの間にかリビングに立っているではないか!!
さっき安らかに、しかばねの如く寝てたはずなのに、どうして……?
俺と目が合った叶さんは、和やかな笑顔でこっちにやって来た。柔和な笑顔が、逆にコワイ――
なぜか、玄関の隅っこに慌てて避けてしまう俺。
その叶さんの笑顔に対抗したのか、まさやんがいつものニヒルな笑みで返す。
「まさやんくん、久しぶりね」
「アナタにまさやんくん呼ばわりされる、間柄ではないんですが?」
「それは失礼。では何て呼んだらいいでしょうか?」
「名乗りが遅れて申し訳ないです、鎌田正仁と言います」
「私は中林叶と申します」
ひっ――何か見えない火花が散ってる。絶対に何かあるよ、お互いの目線の中央にっ!
俺のハラハラをよそに、どんどんふたりの会話が展開されていく。
「日本に帰国して早速風邪を引くなんて、向こうの空気の方があってたんじゃないんですか?」
「そうかもしれないわね。向こうでは常にレディーファーストで過ごしていたし。こっちに帰ってきたらゾンザイに扱われるから、ショックで寝込んでしまったのかも」
「ここは日本ですからね。年上だからって、ワガママ放題はどうかと思います」
フッと微笑みながら言う(目が全く笑ってない、氷の微笑だよ)まさやん、もうこれ以上止めてくれ。
叶さんも、もう布団に戻ってくれ……。
「今日は何をしに来たの?」
「勿論お見舞いですよ。三日間も寝込んでいたそうで、大変でしたね」
「何年かぶりに風邪を引いたから、重くなったみたいで」
「そうですか。バカは風邪を引かないですからね」
「私のお見舞いに来たのに、随分賢一と仲良さそうに、ここで喋っていたようだけど」
「賢一くんの会社に、年下でスタイル抜群の可愛い女の子がいるって話を聞いてたんです。本人が紹介を渋ってたので、追求していただけなんですが?」
そんな話、一言も俺は言ってない。どうして今、ワケの分からん話を俺に振るのだ?
answer=年上彼女と別れてしまえ作戦!
自動的に導き出された答えに顔を青くして、口を金魚のようにパクパクした。まさやんは困った俺を見て、可笑しそうに笑っている。例えるなら、悪魔の微笑み――
「ナイスバディで儚げで頼ってくる姿がそそるって、賢一くんは言ってましたよ」
「へえぇ、そんな可愛い年下の女の子がいるから、会社で頑張れるんだね」
叶さんの笑みもコワイ、目が全然笑ってない。
実はだいぶ前に、この話をまさやんにしていたのだ。でもまったく渋った覚えはない。むしろまさやんが、その話を断ったのに。
消えてしまいたい、むしろ誰か殺してくれ!
「また何かあったら、リークしますか?」
「そうね。離れている間に何か他にもありそうだし……。頼もうかな」
「分かりました、それじゃお大事に。失礼します」
片側の口角だけあげて、爽やかに去って行くまさやん。俺のお助け視線を、スルーして出て行った。あの、してやったりな顔。ムカつきたいけど、見惚れてしまいそうになるくらいにカッコイイことこの上ない。
「まさやんくん、いい男になったね」
「はい、そうですね。ははは……」
「それに比べて賢一は……。まったく変わってない上に、年下のナイスバディな女の子に、ムラムラしていたという事実っ!」
俺の腕を凄い力で掴んで、リビングへと誘導する。
「ナイスバディじゃないし年上だし、ご不満がたくさんあるでしょうねぇ」
「ご不満なんて、そんなことはないですよ。誓いますっ!」
なぜか俺はフローリングに正座して、神様仏様ヨロシク必死に拝み倒す。何を言っても無駄なのは、頭で分かっているんだけどね。
こうなったらどうあっても、怒りはおさまらないのが叶さんなんだ。
「そっ、それよりも叶さん、早く寝て下さい。治りかけが、風邪には良くないんだから」
「そんなの、とっくに治ってる」
「だって熱があったじゃないか」
「そんなの、どうにかすれば簡単に上げられる」
そう言って俺の前にしゃがみこみ、視線を合わせる。叶さんの瞳の中に映る俺の顔は、恐怖に満ちていた。
そんな俺の頬を、両手でグイッとつねる。
「いらいれふ……」
「ホントはもっと、イジメてやろうと思ったけど止めた」
今度は俺の服を、脱がしにかかる。
「ちょちょっと、いきなり何!?」
「風邪で体が鈍ったから、リハビリする。手伝ってくれるでしょ?」
でも、なぜだか営業スマイル――この笑みは裏に何かがある!
「りっ、リハビリって、叩いたり縛ったりとかはないよね?」
「何、ワケ分からないことを言ってるのよ。そういうのがしたいの?」
「したくない、したくないっ! ノーマルなのがいい」
慌てる俺に、ふんわりといつもの笑顔。叶さん……?
「まさやんくんに、すっかり翻弄されちゃった。責任、とりなさいよね」
そう言って、俺にキスをしてきた。柔かい叶さんの唇、いつもの体温。
良かった、ホントに治ってる。
俺が叶さんを抱き締めると、今度は耳元に唇をもってくる。
「賢一、愛してるから……」
言葉の続きを遮って、今度は俺から口づける。
さっきのキスが物足りなくて言葉を遮り、俺からキスをしたら、きちんと受け止めてくれた。
叶さんが帰って来た、こうして傍にいる……。
嬉しくて体を抱き締める手に、ぎゅっと力を込めてしまう。
リビングの床に押し倒されているのは俺なのに、上に乗ってる叶さんを襲ってるなんて変な感じ――
体勢は簡単に入れ替わることができたけど、今はこの愛しい重さを感じていたい。
キスの合間に漏れ聞こえる吐息に満足しながら、叶さんが羽織っているカーディガンを脱がしていく。
「んっ……賢一……」
途中苦しくなったのか、唇を離して肩で息をする叶さん。そんな叶さんの顔を、両手で包み込む。人差し指は耳の後ろにスタンバイ、以前まさやんに教えてもらった技である。
「逃げたらダメだよ。まだリハビリ、始まったばかりなんだから……」
右手を後頭部に回して逃げた叶さんを捕まえ、再びキスをする。左手指を使って、耳の後ろから首筋を優しく撫でていった。
途端に甘い吐息が、口元から告げられる。
ああ、新鮮……。久しぶりだっていうのもあるけど、いつもの叶さんだったら、
『あ……んっ。今のは、感じてないんだからねっ』
と見苦しい嘘をつく。逆にそれが分かりやすくて、何度も責めちゃうんだけどね。
なのに今夜はそれがない様子で、いつになく素直な姿に、俺も堪らなく欲情しているのである。
「叶さん、ちょっとだけ太った?」
俺は叶さんの顔を、覗きこみながら聞いてみる。
パジャマの上から抱きしめたとき、何となく肉つきがよくなったように思ったのだ。特に腹周りが……。
当然叶さんの顔には、しまったと書いてあるわけで。
対応に困ったんだろう。視線をあちこち彷徨わせる。
3日間焦らされたんだ、多少苛めてもいいよね。
パジャマの下から、直接肌に触れてみる。下腹部を上下に撫でさすってみた。
「何、それ?」
「重力に負けたであろう叶さんのお肉を、少しでもなくそうかと思って」
だけどこのムッチリ感も、何となく艶かしい気もするな。変に痩せないように尚且つ、スレンダーな体型維持をするための料理のレシピを考えないと。
ムラムラしながらもきちんと今後のことを考えている俺に、叶さんが俺の大事なトコをズボンの上から鷲掴みした。その掴む手の力の強いこと!
「ひっ!」
「賢一、さっきから何を良からぬことを考えてる?」
「もっ、勿論ふたりの明るい未来についてですよ……」
叶さん、優しく取り扱って欲しい。俺がどんだけこの日を夢見てたか、知らないだろう。
看病してるときに体の汗を拭いてあげたり、寒いからと布団の中で抱き締めたら、耳元でハァハァされたり、お粥を食べさせるときの口の半開きだったり……。ありとあらゆるモノがアレに繋がって、悶絶していたんだぞ!
「叶さん優しくして下さい。俺のナニが死んじゃいますぅ」
とにかく今はかなり敏感なので、優しくされたらされたで問題なのだが、痛いよりはマシ。
やっぱり叶さんには敵わない。少しでも優位に立とうとした、俺がバカでした。
涙目で訴える姿に、してやったり顔の叶さん。俺から手を離して立ち上がる。
「背中痛くない? 重たかったでしょ」
背中よりもアソコが痛かったですとは言えず、苦笑いしながら答える。
「叶さんの重さは愛に比例してるんで、全然大丈夫です」
よいしょと起き上がろうとしたら、叶さんが手を貸してくれた。その手を掴むと引っ張りながらふらつく叶さんを、強引に捕まえた。
「離れてる間にいろんなトコが変わってるみたいだから、入念に検査してリハビリしないとね」
そう言って、耳たぶにキスをしてあげる。
「賢一もその……変わった」
「何が?」
「何がって、アレが……その……ゴニョゴニョ」
顔を真っ赤にして俯きながら、何かを言ってる叶さん、可愛すぎる。
「口にできない何かが変わったんだね。さすが目の付け所が違うなぁ!」
「だーっ、違う違うっ」
反論しながら暴れる叶さんを、布団まで連行する。そして荒っぽく押し倒した。勿論今度は俺が上。
「俺が変わったのを、叶さん自身で体感して下さい。どれだけ恋い焦がれていたのかを」
「賢一……」
「この三日、手を出せずにいたのがどれだけ辛かったか、分からないでしょうね」
どれだけアナタと、ひとつになりたかったか。
「すっげぇ、愛してるんスよ叶さん。せめて今日くらい、素直になって下さい」
「私も賢一のことを、すっごく愛してる」
俺にだけ見せてくれる、スペシャルな笑顔――もう、どうしようもなく好き。
「私が素直になったら、スゴいよ?」
俺の首に、白くて細長い腕が絡まる。
「どう……スゴいんスか?」
「賢一自身で体感して……」
重なるふたりの唇。絡まるふたりの熱い想い。
今まで離れていた距離を一気に縮めた夜。勿論この夜一晩中、リハビリに勤しんだふたりでありました。