Piano~ピアノ~
***

「うぅ……。俺、しばらく立ち直れない」

「2度あることは3度ある。昔の人は、上手いことを言うもんだな」

 喫茶店のテーブルに突っ伏する俺に、呆れた様子で幼馴染みのまさやんは言い放った。

 突っ伏しながら、ギロリとまさやんを睨んでやる。

「実は喜んでるだろまさやん。プロポーズ作戦が失敗したのをさ」

「失敗は想定内だよ、けん坊くん」

 腕組みしながら得意気に言い放たれたせいで、ますます苛立ってしまう。

「何で想定内だよ。俺、ワケわかんない」

「第3者的視覚及び話から、けん坊は都合のいい男にしか見えないからだ。年上女に、いいように利用されてるとしか思えん」

 俺の心の傷に、ベタベタと塩を塗ったくるようなことを、まさやんは平気で言ってくれる。

「叶さんのためなら、どんな小さいことでも尽くしてあげたいんだよ。まさやんだって彼女のためなら、何だってできるだろ?」

「全てにおいて、アレコレしてやらん。つけ上がったら厄介だから」

「つけ上がったっていいじゃん。そんなトコさえ、可愛く見えるんだから」

 言い終わらない内に、まさやんがテーブルを拳でダンダン叩く。その様子に怖くなって、テーブルから仕方なく顔をあげた。

「お前がそんなんだから、ナメられるんだ。これをいい機会にして別れろ。そして年下と付き合え、年下はいいぞぅ。調教しがいがあって」

 まさやんの鮮やかなキレ具合に、顔を引きつらせるしかない。

 さっきからかなり爆弾発言してるの、分かってるのかな。


「まさやん、彼女と上手くいってるんだね。良かったよ」

 長い付き合いしているので、クールダウンさせるのはお手のものなのだ。

 さっきまでの怒りはどこへ――今度はまさやんが顔を引きつらせる。

 ほんのり赤ら顔なのは、見なかったことにしてあげよう。

「その節は、かなりお世話になりました」

 ぺこりと頭まで下げる。

「まさやんが幸せなのは、俺の夢でもあるからさ。ホントに良かったって思う」

「だけどいつも、どちらかが上手くいってるときは、片方はダメになってるのが多いよな……」

 心底済まなそうな顔をして、俺を見る。

「まさやんのときみたいに、人様のことは上手く誘導ができるのに、自分のことになったら、ままならないんだよ」

「それは誰だってそうだろ。俺はけん坊のお陰で、何とかなったワケだし」

「俺はちょっとだけ、手助けしただけだよ。まさやんがノッてくれなかったら、本当に企画倒れだったんだから」

 にっこり笑うと、まさやんが照れながら人差し指で頬をポリポリ掻いた。

「とにかく年上の彼女を持つと、いろいろ大変だな」

「何てったって強者な彼女なんで、いろいろ大変です……」

 何かしようとしても全て見透かされ、突っ込まれた挙句にたしなめられる。

「けん坊が白髪になるまで、結婚できそうにないな」

「まさやんが言うとその通りになりそうで、正直怖いんだけど」

 告げられた言葉が未来予知のように感じて、思わず身震いした。そんな俺を見て、まさやんが探るような目つきをする。
 
「プロポーズが失敗に終わったからって、他の子に手を出してないよな?」

 疑うようなセリフに、口を真一文字に引き結ぶ。

「俺の会社の小野寺から聞いた話なんだけど、お前んトコの会社の会長の孫娘と、けん坊が付き合ってるって。逆玉にのるんだろうってさ」

 吐き捨てるように言い終えるまさやん。

「けん坊のことだから俺のときみたいに、誰かのために何かを計画しているんだろ? だがな、自分を使うのはどうだろう」

「まさやん?」

「お前の彼女がこれを知ったら、どうなるかな。俺に対しても嫉妬する女なんだぜ。かなりの潔癖症だろう」

 腕組みしながら俺を見る。そんな視線に耐えながら頬杖してそっとため息をついた。

「叶さんには言えない。人の恋路に首を突っ込むなんて、下世話だって言われたし。だけど今やってる計画は、どうしても俺が絡まなきゃ駄目なんだ……」

「課長、山田賢一の野望ってなワケか。全然似合わないな」

「まさやんにも詳しく言えなくてごめん」

 俺がそう言うと、ため息をついて勢いよく席を立つ。

「一応忠告はしたからな! 何かあっても絶対に手は貸さないから」

 その言葉が胸に刺さった。

 だけど俺と叶さんに限って、何かあるわけないじゃないか。ふたりの絆は簡単に離れない、このときはそう強く思っていた。
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