Piano~ピアノ~
***
その日の夜、水戸さんに呼び出されていた。そろそろ何らかのアクセスがあるだろうと予測していた俺は、ため息をつく。彼には、全て真実を語らねばなるまい。
「やぁ、久しぶりだね。仕事は順調かい?」
いつも通り、爽やかな笑みを浮かべながら会話をしていく。俺が身構えているのが分かっているから、円滑に会話をすべくの彼の戦術なんだよな。
「はぁ、ぼちぼちってトコですかね」
「俺からこんな話するのは、可笑しいと思うかもしれないけど」
突然、声のトーンを落としながらコソコソ話をする。
「やっぱり若い子はいいよな」
水戸さん、どうした!? その話題は禁句なのでは……。
「自分の気持ちが若返るのもあるし、やっぱアレだ」
「水戸さん俺は叶さん一筋なので、そういう話をされても、正直なところピンとこないんですけど?」
申し訳なさそうに言うと、驚いた顔をした。
「だって君は今、自社の会長の孫娘と付き合っているんだろ?」
「正しくは付き合ってる風です。彼女が付き合ってるのは今川部長なんですから」
以前、ちょこっとだけ話に出てきた今川部長。水戸さんの大学の後輩。
「この話をしてくれたのが今川くんなんだが、一体どういうことなんだい? 本人は自業自得なんだって悲観してたから、詳しくは聞けないままだし……」
「自業自得って、何ですかね?」
「重役会議後に会長が、自分の孫娘が嫁に行かないのを心配してるっていう話をしたそうだ。それを聞いた重役連中は、自分達の部署にいる若い男の名前をあげたようなんだが、今川くんは君の名前を言ったんだって」
そりゃあね、今川部長が会長目の前にして、彼女と付き合ってますとは堂々と宣言できないだろう。だってバツイチで40代、年の差15歳だよ。
「どうして会長が俺のことを知ったのか、ようやく分かりました」
「重役連中があげた精鋭の中から、どうやら君が選ばれたらしいね」
今川部長、俺に年上の恋人がいるのを知ってるのに、何で名前をあげたかな。
「まさか、君が選ばれるとは思わなかったんだろうなぁ。今川くん、昔から読みの甘い男だから」
「でもそういう人だから、彼女と出会うことができたんですよ」
たまたま残業していた今川部長が、廊下で男女の言い争う声を聞いた。
(詳しくはフォルテシモに掲載!)
とある部署の男性社員と朝比奈さんが別れる別れないで口論している最中に、今川部長が乱入。上手いこと彼女が希望する通りに彼を説得しまくって、別れさせることに成功したらしい。
朝比奈さんが今川部長を尊敬の眼差しで見つめると、真っ赤になってその場から立ち去ろうとして、ズッ転けるという醜態をきっかけに恋に落ちたんだそうだ。
バツイチな上に年の差のジェネレーションギャップなど、始めは防戦一方だった今川部長が、朝比奈さんの押しの一手に負けた。
「山田くんは、どうしてそんなに今川くんの肩を持つんだい?」
「俺が課長になったばかりのときに、プロジェクトの失敗をしてしまったんです。自分のところだけじゃなく、取引先にまで大迷惑をかけるくらいの失敗で……」
俺は頭が真っ白になって動けなくなってるときに、今川部長は俺を叱る前にあちこちに頭を下げてまわってくれた。毎日謝罪の中で、ついにはそこから仕事をGETするという、離れ業まで見せてくれたのだ。
『誰にだって失敗はあるさ。落ち込んでないで、前を向いて歩かないと』
そう励まされた、今川部長のスゴさを見た瞬間だった。
「まぁ今川くん、トロくさいけど地道な努力家だしなぁ」
「俺あのとき、心に誓ったんです。今川部長に困ったことがあったら助けようって。今があるのは、彼のお陰ですから」
「で、君を隠れ蓑にして、ふたりが付き合ってるわけなんだね」
はぁとため息をつく水戸さん。
「でも近々、会長にカミングアウトする予定なんですよ。だから尚更、神経質になってるんですよね。今川部長……」
そんな彼を見て、朝比奈さんはイライラしている。今川部長も俺と朝比奈さんを見て嫉妬するよりも、諦めているように感じていた。
「ちょっと済まない、電話が入ったから」
そう言って、水戸さんが席を立つ。俺も自分のスマホをチェックしてみると、メールが1件きていた。
まさやんからだ、しかも件名が『祝い』……写メまで添付されている。
『可愛い年下とのデートを目撃。ま、俺の彼女には負けるけどな(笑) 目撃したのは俺だけじゃないぜ。良かったな。これで年上彼女とも別れられる、きっかけを作る事ができて』
写メには俺と朝比奈さんが楽しそうに並んで歩いてるのと、叶さんがどこかを見ている悲壮感漂う一枚が添付されていた。
心臓が音を立てて激しく鳴る。叶さんの顔から、目を離すことができない。
今日の行動を思い出してみた。朝比奈さんから腕を組まれても、拒むことをしなかった俺。仲良くふたりで、ウェディングドレスを見ていた。その後も強引に手を引いて、店内に入ったっけ――誤解を招くこと数知れず、絶体絶命級のヤバさだよな。
「山田くん、顔色が優れないようだけど大丈夫かい?」
いつの間にか戻って来た水戸さんに心配される。無言で、まさやんからの添付されている文章と一緒に写メを見せた。
ハッとして、スマホを眺める水戸さんが一言。
「これは……何ていう可愛らしい子なんだ。今川くんには勿体ない」
あの問題は、そこじゃないですよ。しかも今の発言、奥さんが聞いたらどうなりますかね。
俺が呆れた視線を投げ掛けていると、それに気がついてコホンと咳払いをする。
「失礼……。また厄介な現場を押さえられたもんだね。俺にした説明を聞いて、素直に納得してくれるかどうか。中林くん結構、頭カタいからな」
俺はムンクの叫び的な顔をしていたと思う。
叶さんに会うのが怖い。だけどきちんと話し合わなければ。
逃げちゃダメだ俺!
その日の夜、水戸さんに呼び出されていた。そろそろ何らかのアクセスがあるだろうと予測していた俺は、ため息をつく。彼には、全て真実を語らねばなるまい。
「やぁ、久しぶりだね。仕事は順調かい?」
いつも通り、爽やかな笑みを浮かべながら会話をしていく。俺が身構えているのが分かっているから、円滑に会話をすべくの彼の戦術なんだよな。
「はぁ、ぼちぼちってトコですかね」
「俺からこんな話するのは、可笑しいと思うかもしれないけど」
突然、声のトーンを落としながらコソコソ話をする。
「やっぱり若い子はいいよな」
水戸さん、どうした!? その話題は禁句なのでは……。
「自分の気持ちが若返るのもあるし、やっぱアレだ」
「水戸さん俺は叶さん一筋なので、そういう話をされても、正直なところピンとこないんですけど?」
申し訳なさそうに言うと、驚いた顔をした。
「だって君は今、自社の会長の孫娘と付き合っているんだろ?」
「正しくは付き合ってる風です。彼女が付き合ってるのは今川部長なんですから」
以前、ちょこっとだけ話に出てきた今川部長。水戸さんの大学の後輩。
「この話をしてくれたのが今川くんなんだが、一体どういうことなんだい? 本人は自業自得なんだって悲観してたから、詳しくは聞けないままだし……」
「自業自得って、何ですかね?」
「重役会議後に会長が、自分の孫娘が嫁に行かないのを心配してるっていう話をしたそうだ。それを聞いた重役連中は、自分達の部署にいる若い男の名前をあげたようなんだが、今川くんは君の名前を言ったんだって」
そりゃあね、今川部長が会長目の前にして、彼女と付き合ってますとは堂々と宣言できないだろう。だってバツイチで40代、年の差15歳だよ。
「どうして会長が俺のことを知ったのか、ようやく分かりました」
「重役連中があげた精鋭の中から、どうやら君が選ばれたらしいね」
今川部長、俺に年上の恋人がいるのを知ってるのに、何で名前をあげたかな。
「まさか、君が選ばれるとは思わなかったんだろうなぁ。今川くん、昔から読みの甘い男だから」
「でもそういう人だから、彼女と出会うことができたんですよ」
たまたま残業していた今川部長が、廊下で男女の言い争う声を聞いた。
(詳しくはフォルテシモに掲載!)
とある部署の男性社員と朝比奈さんが別れる別れないで口論している最中に、今川部長が乱入。上手いこと彼女が希望する通りに彼を説得しまくって、別れさせることに成功したらしい。
朝比奈さんが今川部長を尊敬の眼差しで見つめると、真っ赤になってその場から立ち去ろうとして、ズッ転けるという醜態をきっかけに恋に落ちたんだそうだ。
バツイチな上に年の差のジェネレーションギャップなど、始めは防戦一方だった今川部長が、朝比奈さんの押しの一手に負けた。
「山田くんは、どうしてそんなに今川くんの肩を持つんだい?」
「俺が課長になったばかりのときに、プロジェクトの失敗をしてしまったんです。自分のところだけじゃなく、取引先にまで大迷惑をかけるくらいの失敗で……」
俺は頭が真っ白になって動けなくなってるときに、今川部長は俺を叱る前にあちこちに頭を下げてまわってくれた。毎日謝罪の中で、ついにはそこから仕事をGETするという、離れ業まで見せてくれたのだ。
『誰にだって失敗はあるさ。落ち込んでないで、前を向いて歩かないと』
そう励まされた、今川部長のスゴさを見た瞬間だった。
「まぁ今川くん、トロくさいけど地道な努力家だしなぁ」
「俺あのとき、心に誓ったんです。今川部長に困ったことがあったら助けようって。今があるのは、彼のお陰ですから」
「で、君を隠れ蓑にして、ふたりが付き合ってるわけなんだね」
はぁとため息をつく水戸さん。
「でも近々、会長にカミングアウトする予定なんですよ。だから尚更、神経質になってるんですよね。今川部長……」
そんな彼を見て、朝比奈さんはイライラしている。今川部長も俺と朝比奈さんを見て嫉妬するよりも、諦めているように感じていた。
「ちょっと済まない、電話が入ったから」
そう言って、水戸さんが席を立つ。俺も自分のスマホをチェックしてみると、メールが1件きていた。
まさやんからだ、しかも件名が『祝い』……写メまで添付されている。
『可愛い年下とのデートを目撃。ま、俺の彼女には負けるけどな(笑) 目撃したのは俺だけじゃないぜ。良かったな。これで年上彼女とも別れられる、きっかけを作る事ができて』
写メには俺と朝比奈さんが楽しそうに並んで歩いてるのと、叶さんがどこかを見ている悲壮感漂う一枚が添付されていた。
心臓が音を立てて激しく鳴る。叶さんの顔から、目を離すことができない。
今日の行動を思い出してみた。朝比奈さんから腕を組まれても、拒むことをしなかった俺。仲良くふたりで、ウェディングドレスを見ていた。その後も強引に手を引いて、店内に入ったっけ――誤解を招くこと数知れず、絶体絶命級のヤバさだよな。
「山田くん、顔色が優れないようだけど大丈夫かい?」
いつの間にか戻って来た水戸さんに心配される。無言で、まさやんからの添付されている文章と一緒に写メを見せた。
ハッとして、スマホを眺める水戸さんが一言。
「これは……何ていう可愛らしい子なんだ。今川くんには勿体ない」
あの問題は、そこじゃないですよ。しかも今の発言、奥さんが聞いたらどうなりますかね。
俺が呆れた視線を投げ掛けていると、それに気がついてコホンと咳払いをする。
「失礼……。また厄介な現場を押さえられたもんだね。俺にした説明を聞いて、素直に納得してくれるかどうか。中林くん結構、頭カタいからな」
俺はムンクの叫び的な顔をしていたと思う。
叶さんに会うのが怖い。だけどきちんと話し合わなければ。
逃げちゃダメだ俺!