Piano~ピアノ~
Piano:それぞれの時間
***
 
 数日後、俺は会長に呼び出されていた。会長室へ行く前に、今川部長を当然引っ張って行く。

「もう覚悟を決めましょう今川部長。俺も限界なんです」

 朝比奈さんに振り回されるのも、ある意味限界だった。

「だがな山田くん、俺はまだ心の準備が……」

 今川部長が逃げないように、左腕をがっちりホールドして、引きずるように会長室に向かう。

「朝比奈さんのことが好きなんでしょ。彼女のために頑張れないんですか?」

 そう諭してみると体をビクッと震わせた後、顔を真っ赤にさせる。

「ここはいっちょ、格好いいところを見せて、会長に認めてもらわなきゃですね」

 俺はダメになったけど、せめて今川部長と朝比奈さんは上手くいってほしい。

 心にぽっかり空いた隙間を隠すように無理矢理笑顔を作って、今川部長を励ます。自分の恋と引き換えにしたんだ、絶対に何とかしてみせる気が満々だった。

「おや、わざわざ今川部長が山田くんを連れてくるとは」

 会長はにこやかに俺達を招き入れた。今川部長の顔色が優れないのは、多分緊張しまくっているんだろう。

「山田くん、蓮とはどうかね?」

 俺はゴクリと唾を飲む、いよいよだ。

「その件で私からお話があります」

 口を開こうとした俺の前に出て話を切り出したのは、さっきまで緊張しまくってた今川部長だった。

「何だね、改まって?」

「実は蓮さんとお付き合いしているのは、私なんです」

「なっ……冗談を言ってるのかね?」

 ああ、始まった。

「蓮さんのご両親亡き後、会長が手塩にかけて育て上げたのは承知しています。その大事な蓮さんを私のような」

「冗談も休み休み言いたまえ! 貴様のような男に蓮はやれん!」

 会長、ご立腹モード、スイッチオン。さて俺の出番かな。

 フォローしようと口を開きかけた刹那、後方にある扉が勢いよく開いた。見ると会長同様にご立腹モードスイッチオンになっている、怒った顔の朝比奈さんがいた。

「おじいちゃん、私はマットが好きなの。反対したって無理だから!」

 はぁ、役者揃い踏みだな……。

「会長、マットとは今川部長の愛称です。まさとだから、マットだそうで……」

 俺はヒヤヒヤしながら、要らない説明をする。

 余談だが、まさやんもまさひとなので愛称がマットになる。まさやんの彼女は、どんな愛称つけたのかな?

「蓮、世間体を考えなさい。今川部長と何歳、離れてると思ってるんだ。しかもバツイチなんだぞ」

 俺が15歳年下の子と付き合うのを考えたら、犯罪の域に入るな。

「世間なんかどうでもいいわ! 好きに言わせておけば」

「蓮っ!!」

「マットはね、会長の孫とか私の体が目的で付き合ったんじゃない人なの。朝比奈 蓮自身を見てくれた、唯一の男なんだからっ!」

 華やかなバックグラウンドにナイスバディ。朝比奈さん、意外と苦労してるんだな。

「おじいちゃんが認めてくれないんなら私、家を出てマットん家に行く」

 強行手段ですか、朝比奈さん。きっと天国のお父さんが泣いてるよ。

「もう、やめなさい」

 会長が怒りで言葉が出ない状態になってるときに、今川部長が静かに言い放った。

「朝比奈さん、君がうちに来ても受け入れはしないよ」

「マット?」

「私はね、君には会長を含め周りから祝福されて、幸せになって欲しいと考えているんだ」

 朝比奈さんの瞳をしっかり見ながら、優しく説明する今川部長。俺を励ましたときの眼差しと同じだった。

「しかも先ほどの会長とのやり取り、口の聞き方なってませんよ。朝比奈さんを思いやっての言葉なんです、謝りなさい」

 朝比奈さんは愛称で呼んでるのに、今川部長は名字で呼んでるのかな。つぅか小型凶暴犬の朝比奈さんを、意図も簡単に操作しているよ。

 叶さんはシェパードやドーベルマンのような、大型犬だけどね……。

 今川部長は朝比奈さんの両肩を抱いて、会長に向き直させる。

「ほら、謝りなさい」

「おじいちゃん、ごめんなさい……」

 そう言って、きちんと頭を下げる。

「会長に反対されるのは、当然だと思います。しかし私も彼女のことが好きなんです。認めてもらえるまで、何度でも足を運びます」

 同じように会長に頭を下げる今川部長。水戸さんが言ってたように地道な努力家だから、きっと足繁く通うことになるんだろう。

 テンションの違う凸凹カップルを、温かい気持ちで見つめた。何だかんだ、お似合いなふたりだ。

「今川くん……どうやって蓮をそこまで、素直にさせたんだ?」

 目をしばたかせる会長。

「家でワシの言うことなんてまったく聞かないのに、このしおらしさ……」

「おじいちゃん、マットが私を変えてくれたの。彼じゃないと駄目なんです」

「俺からもお願いします、ふたりの交際を認めてあげて下さい」

 やっと自分から言葉を告げることができた。俺ここまで、何も言ってないに等しかったから正直焦った。

「蓮がここまで信頼しきってる男なら、認めざるおえないだろうな……」

 絞り出すような会長の言葉に、喜んだ朝比奈さんが今川部長に抱きつく。赤面して驚きながらも今川部長は喜ぶ朝比奈さんを視線で制し、体勢を整える。

「有り難うございます」

 そしてふたり合わせてお辞儀をした。その姿に、おめでとうを込めて拍手を贈る。

「さあ3人並んで、写真を撮りましょう!」

 俺が提案すると、イヤそうな顔をしたのが今川部長だった。

「今月末に発刊される社内報に載せましょう。じゃないといつまでたっても社内の男共の魔の手は、朝比奈さんを狙うと思いますよ?」

 俺が言うと朝比奈さんも、今川部長に哀願する。渋々了承した今川部長と朝比奈さん、会長の写真を携帯で撮影した。

 一仕事終えたので会長室を退室しようとしたら、

「ところで山田くん、何をしにここに来たんだっけか?」

 なんて会長に問われてしまい、困って今川部長を見てしまった。そんなヘルプを求めた俺の視線を受けても、今川部長は相変わらず困り顔を決め込む。これまでの経緯を話すわけにもいかないだろうし、どうしていいか言葉にならないのかもしれないな。

「この写真を撮影するために、この場にいただけです。失礼します」

 とりあえず自分のやった仕事を告げてから、会長室を後にした。

 これで自分の仕事も落ち着いてできそうだ。ここんとこ振り回されてばかりいた、ふたりのことも自分の恋愛も――。

 月末、今川部長と朝比奈さんの会長公認での交際は、センセーショナルな記事として取り扱われ社内を駆け巡ったのだった。
< 50 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop