Piano～ピアノ～

　私を見ている賢一の冷たい眼差しからは、何の感情も読み取れなかった。まるでロボットみたいだ。

「今は、何をして欲しいんですか？」

　賢一の抑揚のない声は自分の心に、冷や水を浴びせられた感じがした。体が……心が固まる。

（こんなの、私が愛した賢一じゃない）

「涙を拭って、優しく抱き締めればいいですか？」

　そう言って私の前にしゃがみ、腕を伸ばしてきた。迷うことなくその手を、バッと払い除ける。

「気安く触らないで」

「じゃあ、何がご希望なんです？」

　少し怒ったような賢一をじっと睨んだ。悲しみが沸々と、怒りに変換される。

　お互い、無言でにらみ合いをしていると、

「まったく。何だよそれ……」

　障子にもたれ掛かってこちらを見ていたまさやんくんが、いつの間にかそこにいた。
　
「まさやんくん……？」

　いつからそこで見ていたんだろう。自分のことにいっぱいいっぱいで、全然気がつかなかった。

　しゃがんでいる賢一を押しのけて私の元にやって来ると、突然ぎゅっと抱き締める。

「こんなに泣いて可哀そうに……」

　そう言うと自分のポケットからハンカチを取り出し、涙を優しく拭いてくれた。まさやんくんの意外な行動に声を出せずにいたら、耳元に唇が寄せられる。

「あともう少しの辛抱ですから、我慢して下さい」

　コソッと告げられた言葉に、疑問符が頭に浮かんだ。

（いったい何が、どうなっているんだろう？）

　不思議に思ってまさやんくんの顔を見上げると、いつもの不敵な笑みが目の前でこぼれた。

「何だよけん坊、俺の腕の中に叶さんがいるのが、そんなに不服なのか？　お前、拒否られてたじゃないか」

　後ろを振り返ると、真っ青な顔をしている賢一がいた。じっと睨むように私たちを見ている。

　そんな視線を楽しむかのように、更にぎゅっと私を抱き締めるまさやんくん。

「俺の胸でよければお貸ししますよ。気がすむまで泣いて下さい」

「ちょっと、くるし……」

　あまりの苦しさに手で押しのけようとしたら、急に視界が開けた。そしてもの凄い勢いで、後ろから抱き締められる。

　目の前には無様に転がっている、まさやんくんがいた。どこかに頭をぶつけたんだろう、痛そうにさすった姿が目に留まった。
　
「いってぇな、このバカぢから！」

　そんなまさやんくんを見ながら、自分を抱き締めている二の腕の力を感じていた。遠慮なく、ぎゅうぅっと締めつけるこの感触は、絶対に忘れもしない。

「叶さん……」

　愛しい賢一の声が耳元で聞こえた。慈しむようなその声……私が知ってる賢一のいつもの声。

「まったくお前、何やってんだよ。そんなに好きなくせに……」

「だってまさやんが叶さんを抱き締めるのを見てたら、どうしても許せなくなって」

「お前ら別れてるのに、許す許さないは関係ないんじゃないのか？」