Piano~ピアノ~
そうだった。俺たち、別れているのに……なのに叶さんを、思わず抱き締めてしまった。俺ってば、すっごくバカ……。
恐るおそる、叶さんから手を離す。
「今までのお人よしキャラを脱却して、新たにキャラを作る。ひとえにこの女への恋心ゆえに。そうなんだろ、けん坊?」
「まさやんくん、どういうことなの?」
「答えは簡単。今まで誰かれ構わずにお節介を焼いてたのをスッパリ止めて、冷酷非道な人間にチェンジすれば、アナタが他の人に対して、焼きもち妬かなくてすむだろう」
「あ……」
「だからってそのキャラを、俺やこの女に対応させるってどうよ? 皆と対等に、距離を取ればいいと考えたのか?」
賢一は力なく俯くだけで、何も言わない。
「お前の考えを読める、幼馴染みの俺はお見通しだったからいい。だがな、この女が冷たい態度のお前を見たらどうなる? さっき体感しただろうけどさ」
「だけど今までの状態だと、やっぱりダメなんだ……。俺も叶さんもハリネズミになって、お互いを傷つけあってしまうから」
賢一はダンと拳を畳に叩きつけた。やり場のない想いをぶつける姿に、胸がひどく痛んでしまう――
そんな賢一を見てるのが辛くなり、私はたまらず、その身体を抱き締めてしまった。
「けん坊、何で相談してくれなかったんだよ。俺は何度かお前に、意思表示したぞ」
「まさやんの意思表示が分かりにくい……」
「そんでもって賢一を養うと豪語した中林さん。あの爆弾発言は、何だったんですかね?」
急に自分へと話が振られて、言葉に詰まるしかない。
「えっと、あれは……ちょっと」
賢一の変貌ぶりに半狂乱したからって、あの発言は自分でもびっくりだ。
そんな私を面白そうな表情を浮かべて、まさやんくんが見つめる。
「自分の部署や重役連中に男尊女卑の件を何とかすべく、社内を駆けずり回ったんだろ。俺が会社に顔を出した、あの後にさ」
「何でそのこと、知ってるの……?」
「あちこちの会社に詳しい事情通が部下にいるんです。結婚したら女は家庭に入るものなんていう風潮が、上層部にあるそうですね。アナタがその考えを正そうと重役連中とやり合った結果が、その格好なんでしょう?」
まさやんくん、恐るべし。
「そうだ賢一、新しいご主人様とはどうなるの? 結婚して、業務提携とか起業なんてしちゃうの?」
その話があったから慌てて、職場を駆け回った。
「新しいご主人様って、何のこと?」
きょとんとして聞いてくる賢一を見て、まさやんくんはお腹を抱えて大笑いする。床をバンバン叩きながら涙まで流すなんて、一体どういうことなんだろう。
「もしかして……」
「俺一言も、ご主人様が女だとは言ってませんよ。見事に引っ掛かってくれて何よりです」
ガーン、年下にまんまとやられた……。
「アナタの精神状態が普通じゃなかったから、しょうがないです。いつもならきっと、気が付いてましたよ。けん坊、良かったな。ご主人様が戻ってきてくれて」
「まさやんも叶さんも、さっきからご主人様がどうとかって何?」
「けん坊、胸元を見てみろよ。愛の首輪がぶら下がっているぞ」
そう言うので見てみると、ピックの形をしたネックレスがかけてあった。表面には(Love You)と彫りこんである。
ひょいと裏側も見てみると、風にたなびく日本国旗と(pt1000)の文字。これって、大蔵省造幣局の検定マークじゃないか。
最近指輪を買ったので、これの価値は分かりすぎるくらい分かる。
「叶さん、これって――」
「給料3カ月分の愛の証。山田賢一さん、私と結婚してもらえませんか?」
ポカーン(゜o゜) 俺、何を言われた?
「賢一、ひとりで悩むんじゃなく一緒に考えていきたい。ひとりじゃできないことも、ふたりならきっと乗り越えられるって思うの」
俺の手を取り、ぎゅっと握りしめる叶さん。
「今時、愛は自己犠牲なんてつまらないぞ。きちんと返事してやれよ」
そう言ってまさやんが、ニヤニヤしながらはやし立てる。
今まで俺からアプローチをしてきたので、逆にその返事をするという行為に違う意味でドキドキした。
何て言えばいいんだ……ただ、はいって言うのも変だし、宜しくお願いしますもありきたりだし。
頭がパニックで口をパクパクしていると、焦れた叶さんが急に俺の胸倉をグイッと掴んで怒りだす。
「結婚したくないの? だから答えないんでしょ!」
あ……この感じ、久しぶりだ。叶さんに怒られてる。
ゆさゆさ揺さぶられて、幸せを噛み締めながら答えた。
「こんな頼りない俺でよければもらって下さい、お願いしますっ!」
「ホントに困った男……」
胸倉に掴んでいた手を離して、俺の体をぎゅっと抱き締める。そんな俺たちを見て、まさやんが拍手をしてくれた。
「誕生日おめでとう、けん坊」
「は?」
「本当に私生活を忘れるくらい、仕事に没頭してたんだな。今日はお前の誕生日だよ。これは俺からのプレゼントだ」
まさやんは胸ポケットから、折りたたまれた紙を俺に渡す。広げてみてびっくり、婚姻届だよ。しかも保証人のところには、まさやんと彼女の連名がしっかり書かれてある。
「これで貸し借りは無し。お互い上手くいって万々歳。こういう紙切れあったら、お互い逃げられないだろ」
そう言って、また胸ポケットから紙を出す。それを叶さんに渡した。
「けん坊のヤツがドジるかもしれないから、予備の婚姻届を渡しておきます」
「よく分かっているのね、さすが幼馴染」
「俺が婚姻届を書くときには署名お願いすると思うんで、そこんところを宜しく」
まさやんはいつも通り片側の口角を上げて、笑いながら爽やかに去っていく。
ふたりで見送りつつ叶さんを見ると、叶さんも俺を見上げた。互いの手には婚姻届が握られていて、何か不思議な感じ。
「ねぇ叶さん、俺が間違ったら、きちんと言って正して欲しい。まだまだ未熟者だから……」
「引っ叩いて直してあげる。その代わり、私から逃げないでよ」
「ん……もう離さない。誓う――」
そっと叶さんを抱きしめて、キスをした。
これから何があっても、ふたりなら一緒に乗り越えて行ける。俺たちが間違ったら、傍でフォローしてくれる優秀な幼馴染兼親友もいるし、きっと大丈夫。
だけどあまり、まさやんにはお世話になりたくないかな。あとが怖そうだ(笑)
Happy End
恐るおそる、叶さんから手を離す。
「今までのお人よしキャラを脱却して、新たにキャラを作る。ひとえにこの女への恋心ゆえに。そうなんだろ、けん坊?」
「まさやんくん、どういうことなの?」
「答えは簡単。今まで誰かれ構わずにお節介を焼いてたのをスッパリ止めて、冷酷非道な人間にチェンジすれば、アナタが他の人に対して、焼きもち妬かなくてすむだろう」
「あ……」
「だからってそのキャラを、俺やこの女に対応させるってどうよ? 皆と対等に、距離を取ればいいと考えたのか?」
賢一は力なく俯くだけで、何も言わない。
「お前の考えを読める、幼馴染みの俺はお見通しだったからいい。だがな、この女が冷たい態度のお前を見たらどうなる? さっき体感しただろうけどさ」
「だけど今までの状態だと、やっぱりダメなんだ……。俺も叶さんもハリネズミになって、お互いを傷つけあってしまうから」
賢一はダンと拳を畳に叩きつけた。やり場のない想いをぶつける姿に、胸がひどく痛んでしまう――
そんな賢一を見てるのが辛くなり、私はたまらず、その身体を抱き締めてしまった。
「けん坊、何で相談してくれなかったんだよ。俺は何度かお前に、意思表示したぞ」
「まさやんの意思表示が分かりにくい……」
「そんでもって賢一を養うと豪語した中林さん。あの爆弾発言は、何だったんですかね?」
急に自分へと話が振られて、言葉に詰まるしかない。
「えっと、あれは……ちょっと」
賢一の変貌ぶりに半狂乱したからって、あの発言は自分でもびっくりだ。
そんな私を面白そうな表情を浮かべて、まさやんくんが見つめる。
「自分の部署や重役連中に男尊女卑の件を何とかすべく、社内を駆けずり回ったんだろ。俺が会社に顔を出した、あの後にさ」
「何でそのこと、知ってるの……?」
「あちこちの会社に詳しい事情通が部下にいるんです。結婚したら女は家庭に入るものなんていう風潮が、上層部にあるそうですね。アナタがその考えを正そうと重役連中とやり合った結果が、その格好なんでしょう?」
まさやんくん、恐るべし。
「そうだ賢一、新しいご主人様とはどうなるの? 結婚して、業務提携とか起業なんてしちゃうの?」
その話があったから慌てて、職場を駆け回った。
「新しいご主人様って、何のこと?」
きょとんとして聞いてくる賢一を見て、まさやんくんはお腹を抱えて大笑いする。床をバンバン叩きながら涙まで流すなんて、一体どういうことなんだろう。
「もしかして……」
「俺一言も、ご主人様が女だとは言ってませんよ。見事に引っ掛かってくれて何よりです」
ガーン、年下にまんまとやられた……。
「アナタの精神状態が普通じゃなかったから、しょうがないです。いつもならきっと、気が付いてましたよ。けん坊、良かったな。ご主人様が戻ってきてくれて」
「まさやんも叶さんも、さっきからご主人様がどうとかって何?」
「けん坊、胸元を見てみろよ。愛の首輪がぶら下がっているぞ」
そう言うので見てみると、ピックの形をしたネックレスがかけてあった。表面には(Love You)と彫りこんである。
ひょいと裏側も見てみると、風にたなびく日本国旗と(pt1000)の文字。これって、大蔵省造幣局の検定マークじゃないか。
最近指輪を買ったので、これの価値は分かりすぎるくらい分かる。
「叶さん、これって――」
「給料3カ月分の愛の証。山田賢一さん、私と結婚してもらえませんか?」
ポカーン(゜o゜) 俺、何を言われた?
「賢一、ひとりで悩むんじゃなく一緒に考えていきたい。ひとりじゃできないことも、ふたりならきっと乗り越えられるって思うの」
俺の手を取り、ぎゅっと握りしめる叶さん。
「今時、愛は自己犠牲なんてつまらないぞ。きちんと返事してやれよ」
そう言ってまさやんが、ニヤニヤしながらはやし立てる。
今まで俺からアプローチをしてきたので、逆にその返事をするという行為に違う意味でドキドキした。
何て言えばいいんだ……ただ、はいって言うのも変だし、宜しくお願いしますもありきたりだし。
頭がパニックで口をパクパクしていると、焦れた叶さんが急に俺の胸倉をグイッと掴んで怒りだす。
「結婚したくないの? だから答えないんでしょ!」
あ……この感じ、久しぶりだ。叶さんに怒られてる。
ゆさゆさ揺さぶられて、幸せを噛み締めながら答えた。
「こんな頼りない俺でよければもらって下さい、お願いしますっ!」
「ホントに困った男……」
胸倉に掴んでいた手を離して、俺の体をぎゅっと抱き締める。そんな俺たちを見て、まさやんが拍手をしてくれた。
「誕生日おめでとう、けん坊」
「は?」
「本当に私生活を忘れるくらい、仕事に没頭してたんだな。今日はお前の誕生日だよ。これは俺からのプレゼントだ」
まさやんは胸ポケットから、折りたたまれた紙を俺に渡す。広げてみてびっくり、婚姻届だよ。しかも保証人のところには、まさやんと彼女の連名がしっかり書かれてある。
「これで貸し借りは無し。お互い上手くいって万々歳。こういう紙切れあったら、お互い逃げられないだろ」
そう言って、また胸ポケットから紙を出す。それを叶さんに渡した。
「けん坊のヤツがドジるかもしれないから、予備の婚姻届を渡しておきます」
「よく分かっているのね、さすが幼馴染」
「俺が婚姻届を書くときには署名お願いすると思うんで、そこんところを宜しく」
まさやんはいつも通り片側の口角を上げて、笑いながら爽やかに去っていく。
ふたりで見送りつつ叶さんを見ると、叶さんも俺を見上げた。互いの手には婚姻届が握られていて、何か不思議な感じ。
「ねぇ叶さん、俺が間違ったら、きちんと言って正して欲しい。まだまだ未熟者だから……」
「引っ叩いて直してあげる。その代わり、私から逃げないでよ」
「ん……もう離さない。誓う――」
そっと叶さんを抱きしめて、キスをした。
これから何があっても、ふたりなら一緒に乗り越えて行ける。俺たちが間違ったら、傍でフォローしてくれる優秀な幼馴染兼親友もいるし、きっと大丈夫。
だけどあまり、まさやんにはお世話になりたくないかな。あとが怖そうだ(笑)
Happy End