Piano~ピアノ~
Piano番外編:特別な日
(――どうして、こんなことになっているんだろう?)

 私はまじまじと賢一の顔を見た。

 思えば帰宅してから変だった。

「今夜はHしようね」

「は? うん……」

 ウキウキしながら、こんな風に誘ってきたのは初めてだった。それは今日が特別な日だと分かっているからだと思ったのに――



 現在山田家では親子3人並んで川の字で寝ているので、電気はひよこ球を点灯している状態で寝ています。なので相手の顔を、はっきりと確認できる状態なのである。

 いろんな意味でドキドキしながら布団に入った途端に、ぎゅっと抱きしめられた。耳元で囁かれるであろう『誕生日おめでとう』の言葉を待ってたのに――

「ねぇ叶、俺のこと好き?」

「……今更どうしたの?」

「好きって言って」

 一体どうしたというのだろう?

 賢一の顔を見ると何だか、捨てられた子犬が拾って下さいと語っているような、そんな感じの目をしていた。だからと言って、日頃からないがしろに扱っているワケでもない。それなりに構ってあげてると思えるのだけれど。

(――本人が望んでいるんだし、普段は全然そういうのを言ってないからなぁ)

「好き……」

「もっと言って」

 強請る賢一を見ながら、思いっきり顔を引きつらせた。

 おいおい、年頃の乙女じゃないんだから、同じセリフを何度も言わせないでほしいんですけど!

「あと何回言えば気がすむのよ?」

「ん~、多分29回くらいかなぁ。1回じゃ全然足りない」

「私は賢一から別な言葉が欲しいんだけな。それを言ってくれたら、好きって何回でも言ってあげるから」

 そう言うと抱きしめていた腕を解き、座り込んで考え始める。

 というかもう既に午前0時を過ぎているので、私の誕生日は終わっていた。

 私が盛大なため息をついた瞬間に、ゲッという顔をした賢一。きちんと正座をしつつ、床に頭をこすり付けて口を開く。

「おっ、お誕生日おめでとうございました……。あのですね、プレゼントは週末一緒に買いに行く方向で、お願いしていいですか?」

「それでお願いされるわよ。ところでさっきの好き好きは、一体何なの? 気持ち悪いったらありゃしない。私が普段そういうの言わない理由を、賢一は知ってるでしょう」

「真実味が薄れるから何とかだっけ。でも俺、今すっごく落ち込んでて自分に自信無くって。こんな俺って好かれてるのかなぁとか、いろいろ考えちゃって」

 頭をあげるなり両手親指と人差し指を、チマチマ弄りながら小さくなって語る。

 私の誕生日を忘れるくらいに何か大きな失敗でもして、会社でこっぴどく怒られたであろうと推測された。

「まったく。あと29回言えば、自信が取り戻せるの? それとももっと、別な言葉を言った方がいいのかしらね。手のかかる旦那様なんだから」

「わっ! 叶ってば急にそんなに、積極的にならなくても」

 正座してるところを強引に押し倒して、それから――

「その代わり、しっかりプレゼント分も身体で払ってもらうから覚悟してね」

「だからっていきなり、フルコースは! 久しぶりで刺激がっ! あの」

 こうして遅れてきた誕生日プレゼントをしっかり受け取れた(強制徴収ともいう)叶さんであった。


 おしまい

 最後まで閲覧、ありがとうございました。
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