Piano~ピアノ~
Piano:叶side⑤
 常連客のサラリーマンからクリスマスプレゼントを無理矢理渡されそうになっているときに、偶然彼が傍を通りかかった。

 目が合った瞬間、この場をやり過ごすアイデアを思いつく。こういう面倒な客には、視覚的対応で難を逃れるのが1番なんだ。

 通りかかった彼を恋人に見立てて、すっぱり諦めてもらう作戦は思いの外、あっさりと成功した。

 問題はこの後、彼に私のことを諦めてもらうにはどうしたらいいものか。

 折しも今日はクリスマスイブ。偶然とはいえ出会ってしまったのだから、告白される可能性はあるかもしれない。

 隣にいる彼の横顔を覗くと、鼻の下が伸びていた。牽制すべくアナタを利用しただけだからと、一応忠告をしてみる。

 私には史哉さんがいるんだから無理なんだよ。

 彼が告白してきたら言おう。

 付き合ってる人がいます(既婚者だけど)

 すごく好きな人なんです(どんなに好きでも、私のモノにはならないけど)

 告白してくるであろうと心の準備しているのに、彼ときたら突然私の下の名前を聞いてきた。

 自分の名前を名乗らんヤツに教えるわけがない!

「何でアナタに、教えなきゃならないの?」

「中林さんのすべてを知りたいんです」

 私は押し黙るしかなかった。次に告白してくるだろうと予想できたから。

 なのに彼から発せられた一言は、とても意外なものだった。

「結婚して下さいっ!」

 告げられた言葉を聞いて、思わず息を飲んだ。

 史哉さんからは絶対に出てこないであろう、その言葉――

 史哉さんに言って欲しい言葉を、彼がすんなりと言ったのである。

 そんな大胆な言葉を発した彼はというと、金魚のように口をパクパクするばかりでおかしかった。

 溢れてきた涙を隠すべく、大笑いをした私。

 さっきまで断ることを考えていたのだけれど止めにした。

 無邪気な笑顔をする大胆な彼に、興味を抱いたから。

 まだ名前も知らない、彼のライブに行ってみよう。

 彼との付き合いはここから始まったのだった。
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