柘榴と唇
柘榴と唇



「はい、どうぞ」


ふわりと笑って手渡されたそれは、君の白い指によく映える、鮮やかな紅色をしていた。

木々の隙間をすり抜けた月明かりが、細い線となって君の頬を照らしている。不健康なほどに白く透き通った君の肌に、僕が落とした影と、受け取った赤い実の残り香だけが色を残していた。

静かな夜だね、と微笑んだ君の唇に、弾かれた実からこぼれた薄紅の液体が伝って落ちるのを見ていた。美しいという言葉はきっと君のためにあるのだろうと、僕は君と会うたびに、そう思う。

赤い果汁が滴る口元を拭ってやれない指先がちいさく震える。美しいというのは恐ろしいことだなと、乾いた笑いがこぼれ落ちた。


「暗い森の奥深く、大きながじゅまるの樹の根元に棲みつく化け物の話を知っているかい」


君がここへ初めて訪れた夜、僕は幼い君の髪を爪の先で梳きながらそう尋ねた。

爪も牙も、今より上手く隠せてはいなかった。身体に染みついた血の匂いさえ、拭えてはいなかったはずだ。

君は頭の良い子だから、きっと僕が手渡した言葉の意味をきちんと理解していただろう。自分が背を預けている大樹の名前を、君は知っていたのだろう。

けれど君はその時、あまりにも、あまりにも柔らかく、「あなたの目は月に似ているのね」と、ただ一言だけそう言って、微笑んだ。

赤い唇がにっこりと半円を君の頬に刻ませて、真っ直ぐな瞳が僕を捕らえていた。その時、僕は君の唇のその奥に、決してそこに存在するはずのない、鋭く光る牙を、見た気がした。
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