スリジエの花詞
「…食べなさいよ」


伊尾はふんわりと笑うだけで、返事をしなかった。

ほんの少し長い前髪から覗く左目に、泣きそうな顔をしている私が映っている。

その時私は、今この瞬間、伊尾の視線を独り占めしていることに気がついた。

見つめても、見つめ返してくれない。

抱き着いても、抱きしめ返してはくれない。子供をあやすように、頭を撫でるだけ。

いつだって私が一歩進めば、一歩下がって見守ることしかしなかった伊尾が、私のことを見ている。

そのことがたまらなく嬉しくて。
それ以上に、悲しくてたまらない私は、スプーンを置いて立ち上がった。


「お嬢様…?」


「伊尾が食べないなら、私も食べない」


こうすることで、伊尾を困らせるのは分かっている。でも、今日くらい許してくれるんじゃないかと思った。

彼はもうすぐ私の傍からいなくなるのだから。

さいごくらい、私のせいで困ってほしかった。


「…雅さま」


伊尾はおどけたような声音で私を呼んだ。

予想外の反応に驚いた私は、弾かれたように彼を見る。
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