スリジエの花詞
伊尾は私の専属執事だ。
元々は大企業の社長を務めている私の父に仕えていたが、十三年前に私の母が亡くなった日から、私付きの執事になった。
私の母はいわゆる妾というやつだった。
私が生まれる前まではフレンチレストランで働いていて、そこの常連であった父と出逢い、恋に落ちたという。
その時、父には二歳になる息子と本妻が居た。
浮気相手の子供として生まれた私だったけれど、何一つ不自由な思いはしていない。
時折訪れてくる父と母方の祖母と、執事である伊尾に支えられて、今日まで生きてきた。
不幸せなんかじゃなかったんだ。
「――お嬢様。葛城本家に到着いたしました」
いつになく真剣な伊尾の声が、懐かしい思い出に浸る私を呼ぶ。
その声で顔を上げた私は、大きく息を吸って、伊尾が開けたドアの向こうの世界へと身を投じた。
「――おかえりなさいませ、雅お嬢様」
車から降りた私を迎えたのは、美しい所作で佇んでいる使用人の行列。ざっと百人ほどいる彼らは、私の父とその本妻、跡継ぎである兄が住んでいる“本家”に仕えている。