エンドレスビート
ただし、水曜日に限る
私は雨の日が嫌いだ。

しかし、纏わりつくような湿気とかどんよりと暗い空とかびしょびしょになってしまった靴とか、そんなことはどうでもいいのだ(もちろんそれらも決して愉快ではないけれど)。

私が得意としている油画も描けないのは由々しき問題だが、それも一番の原因ではない。

そう、私が大嫌いな雨の日の象徴は

水浸しになったグラウンドだ。


*****


「はぁ~~今日もほんっとかっこいい~~遠目に見ても宇宙一かっこいい~~~」

右手に筆を構えたまま窓の外を眺めてため息をつく。

「由香ちゃん、その筆が止まってかれこれ10分経過しておりますが」

隣から呆れたような視線を向けてくるのは同じクラスで部活も一緒の友人、莉穂。
少し目を離した隙に莉穂の作品はどんどん完成形に向かって進んでいた。

「ちょっと、莉穂!いつの間にそんなに進んでるのよ!そのスピード私にも分けてー!」

「柳くんに現を抜かしてるからでしょ。間に合わなくてもしーらない」


ここは放課後の美術室。
私、桜木由香は窓際の席を陣取って文化祭へ出展する作品を製作中だ。

…といいつつ、窓の外のグラウンドで駆け回っているあの人、柳くんに夢中なわけですけれども。
ちなみに彼は同じクラスのサッカー部、柳慎一である。この高校に入学し、教室で一目惚れしてからかれこれ約半年、私は毎日のようにこの美術室から彼の姿を眺めている。

「だって、あんなイケメンがいるのに眺めないなんて、人生の8割損してるって!」

「うーん、まぁ柳くんは優しいけどイケメンがどうかは…個人の感想によるかな。由香って変わってるからね~」

ん?なんか何気に失礼なこと言われてる?
まぁ莉穂がニコニコと可愛い顔して辛辣なことを言ってくるのは日常茶飯事だから、このくらいならかわいいものだ。

そんなことより。

「あ~毎日柳くんがサッカーしてる姿眺められるなんて幸せ~~」

普段ももちろんかっこいいが、サッカーをしているあの人はより一層輝いているのだ。


*****


雨の日はグラウンドが使えない。
そんな単純な理由で、私は雨が大嫌いだ。

そして今日も午後からしとしとと雨が降ってきた。
しかし、運良く今日は全部活の定休日である水曜日。
晴れだろうと雨だろうとサッカー部の練習が見れないことには変わりがない。

とはいってもやはり雨は好きにはなれない。

やや憂鬱な気持ちで下駄箱に向かう。


「由香ちゃん、私美術室に用事があったんだった。ごめん、先に帰っててね」

「え?ちょっ、莉穂?!」

下駄箱に着く直前、一緒に帰ろうとしていた莉穂が満面の笑みで突然そう告げ、軽快に走り去っていく。

呆然としながら自分の靴に手を伸ばしたところ

「あ、」

聞こえてきた低い声に顔を向ける。
そこには、いつも遠くから見つめているあの人がいた。

「あ、や、柳くん…」

「桜木さんもいま帰り?」

「う、うん、そう。柳くんと帰りに会うのって珍しいね」

「あー、晴れてたら自主練してるからかな」

「そうなんだ。偉いね…」

たぶん今の私の顔は真っ赤だ。
莉穂め、絶対気付いてたから急にどっか行ったんだ。

緊張で若干手が震えながらなんとか靴を履き、傘を取り出して開く。

2人揃って外に出ようとするが、

「って、柳くん、傘は?」

「あー、朝晴れてたから今日持ってきてないんだよね」

「えっ、」

どうしようどうしようどうしよう。
こんなことってある?

「まあ、少しくらいなら平気だしいいや」

そう言って足を踏み出す彼に慌てて傘を差し出す。

「いやいや、風邪引いちゃうよ!」

「え、悪いよ。桜木さん濡れちゃうし」

「だ、大丈夫!よければ、あの、半分使ってください…」

恥ずかしさを精一杯押しのけて同じ傘に入る。
顔が熱い。こんなに近いと心臓の音が聞こえるんじゃないだろうか。

なんて神様のイタズラ。


「ありがと。桜木さんって優しいんだねー」


にっこりと笑った彼の顔はあまりに眩しすぎて、直視出来ないくらいだ。
私は今日一生分の幸運を使い果たしたんじゃなかろうか。


はんぶんこの傘。
私は生まれて初めて、肩に降りかかる雨に感謝した―――。

< 7 / 8 >

この作品をシェア

pagetop