Black Cherry ~にゃんこな彼女は一筋縄では捕まらない~
名前も聞いてない。
どこに住んでるのか、どこで働いてるのか。
そんな彼女の基本的な何もかも、俺は聞いていなかった。
なんて馬鹿なんだ…
そんなんじゃ、一夜の相手としか取ってくれないだろう。
囁いた言葉もピロートークの一つとしか取られない。
どんなに本気で言葉にしていても、その他が相手を軽いものとして扱ったと思われても仕方ない態度だった。
俺は俺自身のことも話していない。
そんな事ではどれだけ想いが真剣であっても、彼女には届かない。
朝起きたら話せばいいなんて、どうして思えたのか。
彼女が起きるまで待ち、彼女と話さなければならなかったのに。
勘違いも甚だしい、腕の中で眠る彼女に安心してしまうなんて…
とんでもない大バカ野郎だ。
BARで出逢った彼女は、多分二度とあの店には訪れないだろう。
俺とは昨日の夜だけで終わらせたのだから。
でも、俺は終わりたくない、終わらせたくない。
なんの手がかりも残らぬ彼女に思いを馳せて、後悔を抱えながらノロノロと支度をして俺は出社した。
清水コーポレーション
総合商社のここは、ゆりかごから墓場まで人生のあらゆる面で必要なものを取り扱う日本屈指の大手商社である。
俺はそこの次男で、会長は祖父、社長に父、副社長に兄。
そして俺は専務に付いている。
最終的には兄が社長に俺が副社長にと言われて、日々兄や父を支えるべく仕事をしている。
清水啓輔、三十三歳。
いい歳して順序を間違えて落ち込む朝を迎えた…。