毛布の上で溺れる
彼が水を入れ替え終わったのを見計らって、わたしは彼に抱きついた。
「わたしにも水、ちょうだい」
喉がひりつく。
彼は一度わたしの腕をほどくと台所に行き、しばらくして、氷水が入ったグラスを持って再びわたしの前にやってきた。
氷の浮かんだ水に、わたしの視線が吸い寄せられるが、差し出されたそれにわたしは頭を横に振る。
彼は承知したように微笑んでから、グラスを傾け、自分の口に含んだ直後に口づけてきて、口移しで飲まされるのがわかっていても、わたしは拒まなかった。
それどころか、首に腕を巻き付けて唇を吸い、零れないように自分で顔を傾けてまでいた。
小さくなった氷までもが乾ききった口の中に入ってくる。
熱い舌に触れ、あっとい
う間にとけて、水分に変わっていく。
薄く開いた唇の隙間から彼の舌までが絡みついてきたので、飲み下すのにひどく苦労した。
その間にも、彼の動きは続き、たっぷりとわたしを掻き乱す。
頭の中がぐらぐらと揺れた。
いわゆる職業病と言える、いつもさわやかな笑顔を浮かべる彼のキスは全然さわやかでない。
じわじわと追い詰められ、全てを奪われてしまいそうな。
苦しい。
奪われていく。
わたしを殺す気なの? 必要ないの? と彼の胸元を叩く。
彼の答えは、わたしをベッドに押し倒すことだった。
ようやく解放され、途端に、わたしは空気を貪った。
もう少し長く続いていたら、酸欠になっていたかもしれない。
首のあたりに彼の息づかいを感じる。柔らかで湿った感触が背筋をぞくぞくとさせる。
からっぽだったわたしを、彼は価値のあるもののように抱きしめてくれる。
「わたしは、1日愛されなかったら、生きていけない」
わたしは彼の耳に歯を立てながら囁いた。
その時の彼の表情はわからない。
あまりに近くに居すぎて見えなかった。
あの時、ちゃんと彼の顔を見ていれば、今、また愛し合っていたのだろうか。
ひとりでダブルベッドに寝ていても、抱きしめるのは寂寥感(せきりょうかん)だけだ。
気付いたのは遅すぎたけれど。
わたしには大きすぎるベッドを持て余しながら、毛布の上を手足をゆるゆる動かし、魚たちをじっと見る。
ベッドから眺める水槽が一番綺麗だと思う。
わたしはベッドからしか見えないけれど。
しかし、彼はわたしとは別のことを言った。