毛布の上で溺れる
「一番綺麗なのは、この瓶を透かして見る時だよ」
彼が香水の小瓶をつまんで、目の前にかざしていた。
装飾品という物にまるで関心を持たない彼が、唯一自分から身につけるモノ。
男性が付けるにしては甘すぎる気がするけれど、わたしはこの匂いが苦しくなるほど好きだ。
小瓶には、ラベルも刻印もなくて、どこのブランドの香水かもわからない。
わたしも匂いだけでわかるほど詳しくはないし、彼自身そんなに詳しいとも思えない。
多分、彼が誰かから貰ったんだろう。
彼は何を聞いても答えてはくれなかった。
それでもわたしはこの匂いが好きと言える。
たとえこの香水が彼にとって特別な意味を持っていても。
いまはもう残り少ないそれを、彼はたまにしか付けなくなった。
わたしは彼がしていたみたいに、ベッドに横になって小瓶を透かして水槽を見る。
多面的にカットされた瓶の中を光が通る。その光が香水に歪められてわたしの眼に入る。
瓶の蓋を外すと、香りは一層強くなった。
淀んだ空気に浸みるように。
香水を通して見る風景から、彼の匂いがする。
ぐにゃぐにゃと揺れる区切られた世界に、奇妙な姿をした魚が二匹。
時に尾が長くなったり、背筋が曲がったりして、ぐるぐる回っている。
彼はこんな世界を見ていたんだ。
彼はこんな世界を見て、何を思っていたんだろう。