雪の果てに、催花雨は告ぐ。
「どうしてここに?」
気がついたら、ここに来てしまっていたの。
そう心の中だけで答える。
声には出さない。だから、倖希には永遠に聞こえない。
「忘れ物?」
何か一つを忘れてしまうくらい、私はたくさんの物を持っていないよ、倖希。
倖希は無言のままでいる私を特に気にしてはいないようだった。
いつものように、「そう」と呟いていて。
声に、音にしていないのに、聞こえているよ、とでも言うかのように。
私はこれ以上涙が溢れないよう、必死に堪えた。
けれどそれは虚しく、私の取り留めのない感情に応えるように、また一粒、二粒、涙はこぼれ落ちてくる。
それに気づいた倖希は、大きく目を見開いた。
私の涙に気づいた倖希は、私との距離を詰めるように歩み寄って来た。
嗚咽を漏らした私へと、倖希の白い手が伸びる。
母よりも少し温かく感じた手は、相変わらず冷たかった。
「…泣いてる」
その優しい声音に心から安堵を覚えた私は、はらはらと涙を落とした。
女の子のように綺麗な指先が、私の目尻をそっと拭う。
ダークブラウンの瞳に、泣いている私の姿が映っていた。
次々と校門を出て行く生徒たちが、身一つで泣いている私に好奇な目を向けてくる。
倖希はそれらから私を隠すように立つと、左肩に掛けていた鞄を右肩に持ち替えた。
そして、空いている左手を私に差し出す。
「行くよ」
どこに、とは言わなかった。
どこへ、と私は言わなかった。
何も言わなくても、苦しくない世界へ、倖希が連れて行ってくれる。
そんな気がした私は、何の躊躇いもなくその手を取った。