雪の果てに、催花雨は告ぐ。
倖希の手に導かれながら、海へと続いている川沿いを歩く。
その間、お互い口を開いていない。
鈴のような音を響かせる虫の声を聞きながら、静かな空間を噛みしめるように歩いた。
「倖希、ここって…」
辿り着いた先は、夕暮れ時の海だった。
柔い風でサラサラと崩れていく、無数の砂の山たち。
平地と化しては、また吹く風で山となるそれは、とても儚いものに見えた。
「…俺が好きな場所」
倖希はそう言うと、私の手を離した。
ほんの少し眩しそうに目を細めて、沈んでいく太陽を眺めている。
その横顔はとても綺麗だった。
その表情から、何を考えているのか読み取ることは出来ないけれど。
黄昏色に染まる世界を背に佇む倖希は、まるで一枚の絵のようだった。
「…今日、家に帰ったら、現実を突きつけられたの」
休むことなく打ち寄せる白波に急かされているような気がした私は、引き波に連れて行かれるように口を開いていた。
倖希はどこまでも広がっている水面を見つめたまま、「現実って?」と声を落とす。
「私が普通の子じゃないってこと。普通の子になれないから、お母さんを困らせてるの」
波は、忙しない。世界から除け者にされた私と違って、この星が生まれた時から、息づくように動き続けているのだろう。
水平線から漏れる淡い光を見て、ただ漠然と、そう思えた。
「…普通って、なに?」
橙色を放つ海原を見つめていた眼差しが、私へと注がれる。
倖希の問いに言葉を詰まらせた私は、開きかけていた口を閉じた。
そして、小さく呟く。
「…私も分からないよ。でも…、」
そう遠くない場所で大きな水飛沫を上げた波が、私の声を掻き消す。
私のような人間ではないんだよ。私のように、臆病な人間ではないの。
倖希には届くことなく、波に呑まれた声はどこに消えたのだろう。
水平線の向こうにある太陽の、さらに向こうにある―――果てしない宇宙へと消えてしまったのかな。
らしくもないことを考えていたら、止まっていたはずの涙が溢れてきた。
抑えていた感情が、胸の奥から迫ってくる。
悲しくて、哀しくて、仕方がない、と。
分からない、解らない、と。
再び泣き出してしまった私は、その場で膝から崩れ落ちた。
もう、分からないの。どうしたらいいのか分からないの。
「私はっ…私は、普通で、ありたかった」
「…………」
「普通の子に、なりたかったっ…」
でも、無理なんだ。
どこまで行っても、普通にはなれない。
憶病者の私は普通になれやしないのだ。
この先も、きっと。
顔を上げても、前を向いても、一歩踏み出しても、手を伸ばしても、どこにも行けやしないのだ。
そう、思っていたのだけれど。
「…アンタが普通じゃないなら、俺も普通じゃないと思う」
優しい声が、深い水底へと沈んでいく私の手を掴む。
「俺はアンタを普通の女の子だと思ってる。アンタの母親がそう思っていなくても。他の誰もがそう思わなかったとしても、俺は普通だと思う」
ギュっと掴んで、離さないように強く握って、空の下へと泳いでいく。
息苦しさから解放するように、萎れた花を咲かすように、息を吹き込んでくれる。
そんな、声音で。