雪の果てに、催花雨は告ぐ。
始まりの場所。それは保健室だと思っていたけれど、記憶を巡らしてみれば、違うことに気がついた。
倖希と初めて会ったのは、保健室なんかじゃない。もっとずっとずっと前だ。私が女子達から酷い虐めを受けて、ボロボロになっていた、半年前のあの日。
大雨の中、泣き崩れていた私に傘を差し出してくれた男の子だ。
「っ…」
ねぇ、あの日、君は泣いている私に何を言おうとしたの?
私に傘を渡して、自分だけ濡れて帰った君は、何を。
ミステリアスな倖希。とことんマイペースな倖希。でも、温かくて優しかった倖希。
大好きだった。大好きだったの。片手で数える日しか共にしていないけれど、いつだって真っ直ぐな言葉を贈ってくれた倖希が、すき。
「倖希っ……!」
言葉が音となり、声となって、空気を駆け巡っていく。
桜の花弁の絨毯の上で崩れている私へと、手を伸ばしてくる優しい人の元へ、届いて。
「笑った方がいいって、言ったじゃん」
薄桃色の世界が、空の色に染まっていく。差し出された手を辿って、視線を動かした。
そこには、会いたくて堪らなかった人が、優しく微笑んでいて。
「っ…倖希っ!」
私に勇気をくれた人の腕の中に飛び込み、優しい温もりに沈んだ。
「…馬鹿だね、アンタ。泣きながら走るなんて」
「倖希の、ためだよ」
でも、もう泣かない。昨日までの私とはもう、お別れをしたから。
制服の袖でゴシゴシと目元を拭い、精一杯笑ってみせた。
「…そう」
倖希の手に導かれるがままに立ち上がり、この地を踏みしめる。どこまでも青く澄み渡っている空を仰ぎながら、目を閉じた。
思い出した。あの大雨の日、倖希が私に言ってくれた言葉は、確か。
「ーーー好きだよ」
「っ…」
今、まさに思い出していた言葉を紡いだ倖希を凝視すれば、彼は優しく笑っていた。
「あの日、雨に打ち消されて、届かなかったけれど」
「ゆ、き…」
私の世界に降り注いでいた、悲しみの雨はもう降り止んでいる。
今は、雪の果て。
雪を越えた、春。
「…何もしてあげられずに、学校を去ってしまってごめん」
泣いてばかりの私は、枯れた花。
ならば、倖希は。
「今日から、ゆかりの隣に居てもいいですか?」
照れたように笑う君の手を取り、深く頷く。
「…よろしくお願いします」
君は、早く咲けと花をせきたてるように降る雨だ。
人はそれを、催花雨と呼ぶ。
花を咲かせる雨だ。