雪の果てに、催花雨は告ぐ。
ほんの少し顔を上げてみれば、綺麗な瞳と視線がぶつかる。

「そんなつもりで言ったわけじゃなくて…、いや、アンタがそう捉えたなら、言う必要はないか」

青年はどういうつもりで言ったのかを説明するどころか、自問自答をしている。
まぁいいか、と完結させるなり、床に落ちた私の鞄を拾うと、私を押し退けて保健室へと入っていった。
鞄を持っていかれた私はこのまま帰るわけにもいかず、青年の後を追って中へと入った。

「ドア、閉めて」

「は、はい」

何だか村井先生の遥か上を行く偉そうな態度だ。流石の私も少しムッとしてしまった。
そんな私を見て、青年は唇を緩々と綻ばせた。

「誰って訊かないの?」

「え、あ…」

言われてみれば確かにそうだ。
突然現れるなり、彼の言葉が癇に障った私は、勝手に怒ってしまっていたから。

でも、だからと言って、私が全部悪いわけじゃない。
彼はちゃんと謝ってくれたから、もう気にする必要はないのかもしれないけれど。

名前は何ですか? と、言えばいいだけのことなのに、中々口を開かない私を不思議に思ったのか、青年の顔がグッと近づいた。

吸い込まれるようなダークブラウンの瞳が、私の心を覗き込んでいるかのよう。

窓から吹き抜ける風で、青年の色素の薄い髪がふわふわと揺れる。

至近距離で見て初めて気がついたが、彼は人形のように綺麗な顔立ちをしていた。

「ごめん…なさい…」

またしても、言い終えた後にハッとする。
考えなしに発言をしてしまった私は、その場に居た堪れなくなって、青年から視線を外した。

いきなり謝罪の言葉を口にした私を前に、青年がどんな顔をしているかなんて、顔を見なくても分かる。

再び訪れた沈黙の時間を、ホワイトグレーの床を穴が空くほど見つめながらやり過ごす。
やり過ごそうと、思ったのだけれどーー

「…そうじゃなくてさ、」

自分の世界に閉じ籠ろうとする私を止めるように、紡がれた声。
導かれるように視線を動かせば、青年は心底困ったような表情をしていて。

「…俺の方こそ、ごめん。何も知らないのに、言い過ぎた」

その言葉とともに、どこか寂しさを宿した彼の瞳に見つめられ、私の心臓は不用意に高鳴って、思わず息の仕方すら忘れそうになった。

何がしたいのかよく分からない人だと思っていたけれど、素直に“ごめんなさい”と言える人なのだ。
普通の、人。
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