雪の果てに、催花雨は告ぐ。
「ううん…。私も、ついカッとなっちゃって…ごめんなさい」

二度目に口にした謝罪は、心からのもの。
彼もそれを感じ取ったのか、目元を和らげていた。
ふたりきりの、静かな保健室。
彼は村井先生のデスクの斜め後ろにある椅子へと歩み寄ると、そこが定位置だと言わんばかりに長い足を組んで座るなり、椅子の肘掛で頬杖をついて窓の外を眺めていた。

「…座りなよ」

窓の外を見つめたまま、放たれた声。
私はその向かいに腰を下ろし、彼の顔をジッと見つめた。

「あの、どうしてここに?あなたが鍵を開けたの?」

「…そうだけど」

「どうして?鍵は?授業は?村井先生が出張だってこと、どうして知っているの?」

続けて質問をぶつけた私に、彼は怪訝そうに眉根を寄せた。
そのうえため息まで吐かれた私は、もう黙るしかない。
でもそれでも、重苦しい空気の中で黙ったまま、過ごすことなんて出来なくて。
何か言おうと口を開いたのだが、彼の手のひらに塞がれたことによって、それは叶わなくなった。

「…謝るの、やめてくれる?」

「っ…!」

冷たい手。でも、手が冷たい人は優し心の持ち主だって、聞いたことがある。
怒っているような声色だったけれど、綺麗な顔は何を考えているのか分からない、無表情のまま。

「“ごめんなさい”って、口癖?」

変事の代わりに首を横に振れば、彼は「そう」と頷くなり、私を解放した。

「…安易に口にしないほうがいい。心の底から罪悪感が湧き上がって、悪いと思った時に言うべき」

「……はい」

「本当に分かってる?」

「分かってます…」

何故か敬語になってしまったが、有無を言わせない眼差しに背筋を瞬時に凍てつかせた私は、そのまま押し黙った。

…やりづらい。彼はその一言に尽きるような人だ。
ミステリアスな人だが、口を開くとマイペースな人。
まだ会って間もないが、これだけは言えよう。

「…鍵は、村井先生から預かった」

「え…?」

突然何を言い出すのかと彼の顔を見れば、口元だけで微笑まれた。
さっきの質問の答え、と消え入りそうな声が静寂に落ちる。

「授業は出ない。出張の話は昨日聞いた。ここに来た理由は………」

途切れた声。ここに来た理由。
彼はどんな言葉で伝えようか迷っているようだったが、酷くゆっくりとした瞬きをすると、私に真っすぐな瞳を向けてきた。

「ここに来たのは、村井先生に…頼まれたから」

「村井先生に?」
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