独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
 この光景は、フィリーネを連れて歩くようになってから、何度も見ているものだ。落ち着きなさげに視線をうろうろさせるフィリーネの腰を抱いて引き寄せてやる。

「ちょ——それは、約束には入っていませんよっ!」

 小声でフィリーネはアーベルをたしなめるが、アーベルを押しのけようとはしなかった。この場で押しのけてはまずいと判断する頭は持ち合わせているらしい。

「……まったく!」

 むぅっと口角を下げて、アーベルにだけ見えるようにふくれっ面になる。それから、そっと視線を落とした。

「そう機嫌をそこねるなって」
「なっ!」

 いたずら心が湧き起こって、こめかみに軽くキス。それを見ていた令嬢達の間から悲鳴が上がり、こめかみに手をやったフィリーネはぎょっとしたように目を見開く。

「な、な、なんでこんなことするんですか……!」
「なんでって挨拶だろ、こんなもの」

 このくらいは挨拶程度と思っていたら、フィリーネはますます真っ赤になった。

「あ、挨拶って……こんなこと、パウルスとだってしませんよっ!」
 なんでここでパウルスの名前が出てくるのかと問いかけようとしたが、劇が始まる合図の音が鳴り響いた。
 上演された劇は、最近人気の出てきた脚本家の新作だ。アーベルはさほど面白いとは思わなかった。
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