記憶のかけら
港町
有馬を出発するとき、

火事で助かった子どもが

両親と見送りに来てくれた。



「真由美さま、ありがとうございました!」



ペコペコ頭を下げる両親の横で、

「すず」という名の子どもが、

野の花を束ねて握りしめていた。

顔色も良くすっかり元気そうだ。



「かわいいお花、私にくれるの?ありがとう。」



おずおずと手渡してくれた。

嬉しいうれしいプレゼント。

助かって良かった!

自然と頬が緩む。



有馬から兵庫までは歩いての移動だった。

途中、見覚えのある風景が見えた。

愛車を木の枝で隠した立木だ。

今はまだ誰にも言わないでおこう。

黙って、そばを通り過ぎていく。



沿道では農作業中の村人たちも、

作業の手を止めて手を振ってくれた。



神戸は海と山が近いので、

結構な急こう配の地形となっている。

歩き始めて小一時間、

絶妙のバランスで、

膝とふくらはぎがゲラゲラ笑ってる。



もう限界…と思った時、

一度に視野が開けた。

海!

青い海が見える! 

遠くには大小の船が浮かんでる。

山と海のコントラストが鮮やかに目に染みて、

潮の香りがしたようで、気持ちがはやる。



港は活気に満ちていた。

漁具の手入れをする人

漁をしてきた人・これから出る人

魚を売り買いする人

積み荷を降ろしたり、揚げたりする人

明らかに風貌の違う異国の人々が行きかう。



しっかりした造りの家がずらり建ち並び、

戦国時代のイメージが変わる。

通りでは大八車が荷物を運び、

露路には子どもたちが走り回っている。

想像してたよりも、はるかに大きな港街だ。



ところどころに、行き止まりが見える。

その一角に、

一際ひときわ大きなお屋敷があった。



櫻正宗のお屋敷だ。

入り口から玄関まで、ずらりといかつい男性が、

髪を後ろで束ねた女性が、お迎えに並んでいた。

それぞれ労いあいながら、

荷物の受け渡しや会話が弾んでいる。



私のことは先に到着したご家来衆から、

広く伝わっているようで、

あちこちから笑顔で挨拶をされて、

緊張しながら会釈で返す。



この世界にきた時の服とバックを風呂敷に包み、

胸に抱えていた。

みんなが口々に、控えの間へ案内してくれた。



一息ついて休む間もなく、

順番にお舘さまにお目通りする。

私の番が来た。

廊下を歩きながら、部屋の様子を盗み見する。



お舘さまのそばには、

女性が二人座っている。

御影さんはじめ何人かは、

有馬でお見かけしたり質問を受けた方々だったが、

部屋には100人くらいがぎっしり座っていた。



お側の方に「お近くへ」と言われ、

左右に分かれて座る人達の間を、

目線を下に落としながら進む。



お舘さまが部屋中に響く大きな声で、

「真由美殿、ご苦労であった。

有馬での宴も愉快にもてなしてくれたこと、礼を言う。

そなたをこの屋敷の者に改めて引き合わせたい。」とおっしゃる。



上杉という苗字は言わずに、

名前には「殿」をつけて、

私の体面を保ってくれている。



「ありがとうございます。

皆さま、不束者ですが、

どうぞよろしくお願い致します。」と挨拶をする。



前に座っていた若い女性が目を輝かせて、

「真由美殿は童の胸を押さえて、

命を助けたとか。すごいことじゃ。

いまだかって聞いたことも見たこともない。

是非とも詳しく聞かせてくだされ。」とおっしゃる。



話したくて、聞きたくて仕方がない様子。

好奇心でうずうず、

期待感でワクワク、

知識欲がきらきら、

熱意がビンビン、

伝わってくる。



いま?ここで?するの?

きっと私は困った顔をしたんだと思う。



もう一人年配の女性が

「松姫、お静かに。」とぴしゃり。

続けて

「松姫にも困ったものじゃ。

のう、真由美殿これから女子同士

よろしく頼みますぞ」と優しく言われた。

お館さま妹の松姫様と

叔母上の光明院さまだった。
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