記憶のかけら
潜入者

洗濯物を取り入れに行くと、

板戸の上には何もなく、

私の服は跡形も無くなっていた。



えッ??

泥棒???



慌てて下着を干した場所へ

小走りに確認しに行く。

ブラジャーとパンティはちゃんと干してあった。

服だけ?

風で飛んで行ったの?

まさか?



誰か、私の服知りませんか?

聞くに聞けず、うろうろするばかり。

結局見つからず、

誰が?

どうして?

モヤモヤ。



とりあえず、

下着は風呂敷に包んで、

部屋の布団の中に隠しておく。



午後は高台から、港町の全景を見ていた。

お館さまの視察に、連れてきてもらっていた。

迷子にならないよう、私は必死でみんなについていく。



着物の胸元にはハンカチを、

左右の袂には携帯とキーホルダーをそれぞれ入れている。

動くたびにかすかに金属のこすれる音が漏れ聞こえている。

トップスやスカートのように

留守の間に無くなっては困るから。

念のために持ってきた。



お舘さまは、ガタイの良い男性達より、頭一つ、二つデカい。

視察している間も、よく目につく。目印にちょうどいい。

わたしのそばには西宮賢太郎さんが目を光らせて

絶えず周囲を警戒している。

久保田さん、鍋島さんも一緒に視察に随行して、

いろいろ教えてくれる。

視察って面白い。



浜では、女性たちが賑やかに、魚や海藻を干物にしている。

潮風が海の幸を保存食に変えてくれる。

いまのところ、大漁不漁に関わらず、

一応の食料が供給できているそうだ。

細く煙がたなびいているのは、

潮干狩りの貝や小さなエビや海苔を煮つけたりしているのか、

あちこちからいい匂いがしてくる。

食料を長期保存するための工夫なんだって。

そういえば、兵庫は酒も醤油も造られてたっけ?



コンビニがなくて、冷蔵庫も長期保存食もないこの時代、

食べ物の確保は何を置いても優先される。



戦になれば、街が破壊され死者が多数出て、

田畑は荒れ、耕す人も収穫する人もなく、食べ物にも事欠く。

長期戦ならなおさらだ。

たちまち武器も、食料も、人の気持ちすら底をつく。

確実に、負の連鎖が待ち構えている。



お館さまが治めるこの地の豊かさは、

備えあれば憂いなしとばかりに、

常に食料確保を優先している。

なので、他所よその国のように、

櫻正宗の領民達は飢えを知らない。



「兵庫」のある港町は、

気候は温暖で、雪はほとんど降らない。

瀬戸内海の穏やかな海が、恵みを運んでくる。



交通の要として、入ってくる船から税を取り、

港や橋の整備に当てている。

水や食料の見返りに、潤沢すぎるほどの資金が出回り、

この地をより豊かにしている。



そのため、

いつ戦が始まってもおかしくないほど、

絶えず周辺諸国が狙いを定めている。



港はいよいよ活気づいていた。



良い風が吹き始め、

船が盛んに出入りし、

人や荷物がたくさん行き来している。

怪しい人間がうろついていても、

一旦、街に入ってしまえば、誰も気に留めない。



櫻正宗の屋敷に潜り込んでいた男たちは、

手筈を整え、兵庫の港そこかしこに散らばっていた。


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