記憶のかけら
必要悪
「戻るのが遅すぎる。」
男がイライラし出した。
「何かあったのかも」
もう一人の男が弱よわしく言ってる。
私は、どうしたら逃げられるかを考えている。
ここはどのあたりなのか。
真っ暗で、明かり一つ見えない。
それぞれが落ち着かず、時をやり過ごしていた。
木の枝を何かが踏む音、
ガサガサと草木が揺れる音、
石が何かにあたる音がした。
音のする方を見て、
三人の間に緊張感が走る。
何も見えない。
暗闇が広がる。
動物なのか、
人なのかはわからない。
リーダーに「見て来い」と言われた男は、
尻込みして見に行けない。
「役に立たない奴だ」
吐き捨てるように言って、
リーダー自ら太刀を取り出し、
様子を見に行った。
後姿はすぐ木々に隠れた。
音だけが響く。
ドスン!
ドカッ!
金属がこすれる音
・・・
急に音がしなくなった。
あたりは静かになった。
「あにき!?」
目の前の男が、
聞き取れないくらいの小さな声で呻る。
私に小刀を突きつけ、
周囲を見渡しおろおろしてる。
草陰から現れたのは、西宮さんだった。
無事でよかった!!
顔を見てほっとする。
よく見ると、
こめかみに加え、肩からも血が出ている。
男が私を突き飛ばし、
「わあー!!」と大声で叫びながら、
西宮さんに襲い掛かる。
力の差は歴然で、
簡単に抑え込まれてしまった。
男が落とした小刀で、
ためらうことなくとどめを刺す西宮さん。
ほんの数秒間の出来事。
「!!!!!」
目の前で起きたことに、
身体の震えがしばらく止まらなかった。
「真由美殿」
西宮さんに声をかけられても、返事ができない。
声にならないのだ。
人が殺されるのを生まれて初めて見た。
殺人事件はテレビや映画の中で見るものだ。
それも限られた時間内に解決されるのを、
安心して楽しむものだ。
そう思っていた。
ニュースや新聞で目にするのは、
自分には関係のない場所と
縁のない人の出来事と決まっている。
今までは、決まっていた。
殺さなければ殺される・・・
人の顔をした鬼がいるんだ。
自分で自分を守らなければ、
殺られてしまう。
幸運にも私は守られてきた。
今はまだ、
自分を守る術を知らないけど、
ここで生きていくためには、
必要悪なんだ。
目の前で動かなくなっていった男。
私をさらってここまで連れてきた男。
でも、かわいそうだと縄を解いてくれた人。
静かに手を合わせて、男の冥福を祈る。
そして、沸き立つ恐怖心を深く飲み込む。
早く戻らなくては。
怪我をしている西宮さんと支え合いながら、
暗闇の中を駆け抜けていく。