記憶のかけら
看病
有馬への道すがら、

緑がきれいで小川のせせらぎが爽やかで、

五感が冴えわたり、気持ちが洗われていく。



連れ去られた時の山道とは違い、

整備された街道は、

この間まで臨戦態勢が敷かれていたとは、

全く想像できなかった。



ここを村の人達がかがり火で照らし、

早馬が駆け抜け、お舘さまの指示を伝令した。



今は信じられないくらい、

平和でのどかな田園風景が広がっている。

お舘さまはこの景色を守りたかったんだ。



途中の村々で、通り過ぎるたびに、

新鮮な野菜や柑橘類のお土産をもらって、

有馬につく頃には結構な量になっていた。

農地が戦場にならなくて本当に良かった。



有馬がだんだん近づいてきた。

「すず」がみんなと遊んでいる。

気が付いた子どもたちが駆け寄ってくる。

みんなすっかり懐いてくれて、嬉しい。



集落に入ると、

みんなへの挨拶もそこそこに、

西宮さんのもとへ向かう。



横になっていた西宮さんは、

体を起こそうとするけど、

熱でふらふらしている。

「無理しないで」真由美が声をかけると、

西宮さんは申し訳なさそうにしている。



傷が痛むようで、薬草も効きが悪いようだ。

温泉水を飲用し、食事はほとんどできていないという。

体力も回復できず、弱っているのが伝わる。



抗生物質や点滴があるわけでもなく、

治療ができない。すごく心配。



日にち薬で、

ただ傷がふさがるのを待つだけしかできないの?

せめて痛みだけでも軽くなればいいのに。



痛み?

あっ!

車のドアポケット!

痛み止めの薬!



生理痛がひどくて、

会社のロッカーと車に常備していた。

すっかり忘れていた。

愛車のある所へ走った。



鍵はかかっていなかった。

クラクションが恐ろしくて、

動いたらどうしようと、

誰も近づいていなかったみたい。



車内に使いかけのバファリンと

新品セデスが1箱づつあった。

靴連れ防止の傷テープ一ひと巻きと

携帯用消毒薬もダッシュボードに入ってた。

効果があるかどうかわからないけど、

試してみる価値はある。



屋敷に戻って

西宮さんに薬を飲ませようとするけど、

痛みと熱で朦朧として抵抗する。



苦しむ西宮さんを助けたい思いで、有馬に駆け付けた。

有難いことに薬はあった。

効くかどうかはわからないけど。

あとは飲んでほしいだけ…



「西宮さん、ごめん。」

一言声をかけて、押さえつけて

口移しで飲ませた。

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