艶恋婚~御曹司と政略結婚いたします~
「当然の投資だと思ってるけど」

「不要です。それと、私のことを物で絆される人間だと思わないでくださいね、行きますよ」


軽口を叩いていれば、少し気が紛れた。事の重大性にまだいまいち頭はついていけてない気がするが、自分でこの現状に踏み出したのだ。


大勢の人の声が漏れ聞こえてくる目の前の扉に、先行して一歩近づく。扉の傍に控えていたスタッフがそれを少し押し開き、中のざわめきがぶわっと溢れ出し圧倒されそうになった時だった。


するりと真横から伸びた手が私の腰に回される。寄り添うように引き寄せられ、耳元で低い声に囁かれる。


「俺の妻は頼もしい」

「ま、まだ妻じゃありません」

「じゃあ、未来の妻だ。……大丈夫、ずっとそばにいる」


瞬間、きゅっと胸の奥が締め付けられるような甘い痛さを生み出した。
このパーティ会場でのことなのだと、わかっているのに。


『生涯、ずっとそばにいる』


そんな意味に一瞬、受け取りかけた。


この先、結婚するのだからそういう意味でもおかしくはないのだけれど、まさかそんな言葉をかけてくれる、はずはない。
私たちは今はまだ恋愛感情もない、政略結婚なのだから。


それでも、その一言にほっと安堵してしまい、「行こう」と私の腰を促す強い腕を、頼もしく思ってしまった。
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