Jewels
帰り道は暗かったので、金剛はゆっくりと馬を走らせた。
それにも関わらず、馬の上で身を寄せている翠玉には、金剛の体温が高く、心拍数が上がっているのを感じていた。

金剛はインスピレーションがわいた、と言った。
それでどうやらひどく興奮しているのだ。

本当に石細工が好きなのだなぁと微笑ましく思う一方で、翠玉は嫌な予感を拭いきれなかった。

金剛が見ていたのは3人の巫女が主導していた神殿の祭事だ。
それは翠玉も一緒に見ていたのだから解る。

しかし、金剛をここまで興奮させているものとは、その祭事だったのか、それとも巫女だったのか。

翠玉には、金剛がひとりの巫女を目で追っているように見えた。
もし金剛にインスピレーションを与えたのがその巫女であったなら、それは大変なことだ。

金剛は人からインスピレーションを得て作品を作ることは滅多にないのだ。
婚約者である紅玉ですら、あれだけ魅力的なのに何の作品も作ってもらったことがないことを、翠玉は知っていた。
もちろん翠玉もだ。


もしかすると、金剛は、石に向けるような情熱を同じように注ぐことの出来る女性を見つけてしまったのかもしれない。

金剛は、そういう女性を探していると言った。そういう女性が見つかった時が、それが恋だとも。

自分は金剛が恋に落ちる、その場に居合わせてしまったというのか?

ましてそこは翠玉が行きたいと言って連れて行ってもらった場所である。
事実であるとすれば、なんという皮肉だろう。


高揚する金剛と裏腹に、翠玉は暗い闇の底に飲み込まれていく感覚だった。



しかし、女性といえど相手は巫女。
恋の許される相手では無い。

翠玉は、ただただ、自分の予感が杞憂であることを願っていた。

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