FF~フォルテシモ~
伝想
***

「やっぱり買物に、男手は必須アイテムだよね」

 ひとりだと買いきれない重い荷物の整理を、給湯室でやっつける。冷蔵庫の横にある茶箪笥の奥をゴソゴソあさってたら、不意に人の気配を肌で感じた。

 顔だけで振り返ったら、その人物は意外にもすぐ傍まで来ていた。

「朝比奈先輩、隙だらけ!」

 しまったと身構えても、体勢を整えきれない。後ろにあるのは冷蔵庫で、逃げ場はなかった。

 立ち上がって逃げかけた体を抱きしめられ、強引に唇を合わせられる。離れようと両手を使って体を押し退けようとしたけど、びくともしない。

「ん……」

 上半身がホールドされてる状態だからこそ、気付いた奥の手。

(――天誅っ!)

 ヒールの踵を思いっきり、今川くんの足の甲にお見舞いしてやった。

「うわっ!!」

 痛そうな顔をしながら、やっと離れていく。

「何すんのよ」

 そう言った時に、出入口に佇む人がいるのに気がついた。目が合うとその人は、バツの悪そうな表情を浮かべる。

「立ち聞きの次は覗きとは。おっちゃん、いい趣味しとるな」

(見てるなら、どうして助けてくれなかったの?)

「マット?」

「っ……。邪魔したね」

 私と目を合わせずに、さっさと出て行ってしまう。

「ちょっと待ってっ!」

 慌てて追いかけようとしたら今川くんに腕を掴まれて、強引に引き留められてしまった。

「山田先輩やなく、おっちゃんと付き合おぅてるん?」

「そうよセクハラ野郎、何か文句ある?」

 掴まれた腕を振り解き、キッと睨んでやった。

「山田先輩ならまだしも、おっちゃんがライバルなんて、何か燃えへんな」

 さも、イヤそうな顔をする。

「アンタなんかライバルにもならないわよ、バカ!!」

「俺の父ちゃん言っとったで。アイツは食虫植物だから、気を付けろって」

「何よ、それ?」

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに腕を組んで、私に説明する。

「その昔、父ちゃんが付き合ってた彼女を、おっちゃんが寝とったって話。見た目や雰囲気が癒し系だからと安心して、近づいてきた女を次々と食べてたらしい」

 今のマットからは、想像がつかない話に絶句した。

「朝比奈先輩も、まんまと騙されて可哀想」

「アンタに食べられるよりマシだわ。そこをどいて」

 今川くんに体当たりすると、出口を確保して走り出した。

 とにかく今すぐに聞きたいことが山ほどある。どこに逃げたのよ、マット!
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