FF~フォルテシモ~
***


 蓮と想いを合わせてから数週間が経ち、いつものように仕事をしていたら、山田くんが声をかけてきた。

「会長から今、呼び出されました。そろそろ覚悟を決めましょうよ、今川部長。俺も限界なんです」

「だがな山田くん、俺はまだ心の準備が――」

 うろたえる俺が逃げないように、山田くんが腕をがっちりホールドする。

「朝比奈さんの事、好きなんでしょ。彼女のために、頑張れないんですか?」

 他人から蓮の事を口に出されると、改めて自分の気持ちを晒されてるようで、顔がぶわっと赤くなった。

「ここはいっちょ格好いいトコ見せて、会長に認めてもらわなきゃですね」

 山田くんは声を弾ませて、俺を励ましてくれる。
 
(――彼には、ムダに苦労させているな)

 そう思いながら、重い腰をゆっくりとあげてから、会長室に向かった。

「おや? わざわざ今川部長が、山田くんを連れてくるとは」

 会長はとてもにこやかに、俺達を招き入れてくれた。そのにこやかな対応が、逆に緊張へと繋がる。この後告げられるであろう、罵倒の言葉の数々を想像するだけで恐ろしい。

「山田くん、蓮とはどうかね?」

 会長は山田くんに向かって話しかけた。俺はゴクリと唾を飲む。

「お話のところ、申し訳ありません。その件で会長に、私からお話があります」

 山田くんの前に出て、颯爽と話を切り出した。すぅっと、息を大きく吸い込む。

「何だね、改まって?」

「実は蓮さんとお付き合いしているのは、私なんです」

 会長の顔色が、一気に怒りの表情へと変わった。

「なっ、冗談を言ってるのかね?」

 冗談にしか聞こえない話だが、付き合ってるのは事実。俺達は、愛し合っているのだから。

「蓮さんのご両親亡き後、会長が手塩にかけて大切に育て上げたのは、承知しています。その大事な蓮さんを、私のような」

「冗談も休み休み言いたまえ! 貴様のような男に蓮はやれん!」

 俺の話を遮るように、会長は叱責した。大事な孫娘を俺のような男が奪うのは、許されない行為だろう。
 
(――ここから、どうやって説得しようか)

 そう考えていると後方にある扉が、勢いよく開いた。その音に振り返ると、会長と同じく怒った顔の蓮がいた。

「おじいちゃん、私はマットが好きなの。反対したって、絶対に無理だから!」

「会長、マットとは、今川部長の愛称です。まさとだから、マットだそうで……」

 こんな大事な場面だというのに、山田がいらない説明をした。

(今はそれ所じゃないんだってば!! おじいちゃんが、マットとの付き合いを反対してんのよ。アンタが仕事で使ってる交渉術をばりばり使って、上司と私を助けなさい!)

 ギロリと山田くんを睨むが、おじいちゃんの態度に、恐れおののいているみたいだった。

「蓮、世間体を考えなさい。今川部長と何歳離れてると思ってるんだ。しかもバツイチなんだぞ」

 何歳離れていようが、バツが2つや3つ付いてようが、マットじゃなきゃ私はダメなの!

「世間なんかどうでもいいわ! そんなの好きに言わせておけば」

「蓮っ!!」

「マットはね、会長の孫とか私の体が目的で付き合ったんじゃない人なの。朝比奈蓮自身を……私自身を、ちゃんと見てくれた男なんだからっ!」

 今までの男とは違う。大人で可愛くて奥手と見せかけて、しっかりHなマットが大好き。絶対に手放したくない、とても大事な人。

「おじいちゃんが認めてくれないんなら私、家を出てマットん家に行く」

 おじいちゃんに認めてもらえないのは、とても悲しい事だけど、強行手段を思いきって口にした。

「……もうやめなさい」

 今までのやり取りを静かに聞いていたマットが、唐突に口を挟んだ。

「朝比奈さん、君がうちに来ても受け入れはしないよ」

「マット?」

 意味が分からなくて、マットの顔を見上げる。

「私はね君には会長を含め、周りから祝福されて、幸せになって欲しいと考えているんだ」

 優しい眼差しのマット。ちゃんと私の事を考えてくれているのが伝わった。

「しかも会長とのやり取り、口の聞き方がなってません。朝比奈さんを思いやっての言葉なんです、謝りなさい」

 マットは私の両肩を抱き、会長に向き直させる。

「ほら、謝りなさい!」

「おじいちゃん、ごめんなさい」

 両肩に置かれてるてのひらから、マットの温もりがじわりと私の心を癒す。おじいちゃんに向かって、きちんと頭を下げることができた。

「会長に反対されるのは、当然だと思います。しかし私も彼女が好きなんです。認めてもらえるまで、何度でもこちらに足を運びます」

 同じようにおじいちゃんに、頭を下げるマット。

「今川くんどうやって蓮をそこまで、素直にさせたんだい?」

 ぽかんとアホ面丸出しで、驚いたおじいちゃんが言う。

「家でワシの言う事なんて、まったく聞かないのに、このしおらしさ……」

「おじいちゃん、マットが私を変えてくれたの。彼じゃないとダメなんです」

 おじいちゃんの顔を見ながら、必死に訴えた。

「俺からもお願いします。ふたりの交際を、どうか認めてあげて下さい」

 そんな私達に、やっと山田くんが援護射撃をしてくれる。
 
 暫しの沈黙の後に告げられる、最終審判――。

「まぁ蓮がここまで信頼しきってる男なら、認めなきゃならんだろうな」

 蓮と俺の顔を見ながら、どこか絞り出すような会長の言葉。苦渋の決断だったのだろう。

 喜んだ蓮が俺に抱きつくが慌てて引き離し、きちんと体勢を整えた。蓮の顔を見て頷くと、やっと空気を読んでくれた蓮も頷いてくれる。

「有り難うございます!!」

 ふたり合わせて、ぺこりとお辞儀をした。そんな俺達に、山田くんが喜びの拍手をする。

「さあ3人並んで、写真を撮りますよ。今月末に発刊される、社内報に載せましょう。じゃないと、いつまでたっても社内の男共の魔の手は、朝比奈さんを狙うと思います」

 正直、写真は苦手である。元がこんなだから、当然写真写りが悪いワケで。

「記事だけで、いいんじゃないか?」

「マット、文字だけだと説得力にかけるよ。私が他の男に迫られてもいいの?」
 
 脅しをかけてくる蓮。貴弘の事もあるし、しょうがないか。

 渋々了承したら、山田くんが俺達3人が仲良く並んでいる写真を携帯で撮影した。こうして俺たちは会長をはじめ、社員のみんなに蓮との交際を明るみにし、堂々と付き合うことができた。

 二度目の春を謳歌すべく、蓮との愛を優しく育むことを誓ったのだった。

おしまい

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