FF~フォルテシモ~
気落ちしながら廊下を歩いていると突然左腕を掴まれて、どこかに引きずりこまれてしまった。引っ張られた勢いで、そのまま床に倒れ込む。
ガタガタという扉を何かで押さえる音が耳に聞こえて、ぞくっとしたものが体を走り抜けた。
(これはヤバい展開の予感。中学生の時の、誘拐事件以来のピンチだわ)
懐かしく思いながら、転んだ時に打ったお尻を撫でさすって、ゆっくりと立ち上がる。
「最近、山田とデキてるんだって?」
「あんなヤツとはデキてないわよ、失礼ね!」
キッと睨みながら、戸川さんを見上げてやった。この間、しっかり断ったというのにホントしつこい男。こんな卑怯な手を使うなんて最低!
「わざわざ人気のないトコに連れ込んで、どうしようっていうの?」
「話がしたかったんだ。この前みたく、誰にも邪魔されたくないしね」
戸川さんの言葉に呆れ果て、腕を組みながらため息をついた。今川部長が言ってた「後ろから刺される」って、こういう事だったんだ。
「話だけなら扉の前に椅子を立てかけて、入れなくしなくてもいいじゃない。誰もこんなトコには来ないわ」
「念には念を入れるタイプなんだよね。俺って」
そう言ってじりじり近づいてきたので当然、後ろに下がるって逃げる。後ろを向いたらそのまま襲われそうだし、かといってこのまま後退しても、すぐそばの壁に行き当たる。会議室らしいので、武器になりそうなのは椅子くらいしかない。
「それ以上近づかないで。話をするだけなのに、なんでこっちに来るのよ?」
体の震えを止めるように、大きな声を出した。
「朝比奈さんが逃げるからだよ、じっとしてればいいのに」
言い終わらない内にガッシリ抱きしめられて、体がゾワッとした。
「ちょっとやめてよ、離してっ!!」
全力で抵抗してみるが、やはり男性には敵わない。
「強気のわりに体が震えてるじゃん。寒いの?」
耳元で囁かれて、更にゾワゾワした。あまりの気持ち悪さに言葉が出てこず、そのまま絶句していると、戸川さんは嬉しそうな顔で、あちこち触ってくる。
「朝比奈さん、そんなに寒いなら温めてあげようか?」
「こんな事して、いいと思ってるの?」
「さっきも言ったよね、念には念を入れるタイプだって」
そう言って、私の目の前にスマホを見せる。
「それが何なのよ」
「これで君の、恥ずかしい写真を撮っておこうかなと思って」
(呆れた、それって犯罪じゃないの。この状況も同じだけど……どうしよう!?)
助けてって叫んでも、誰も来るわけない。マンガやドラマなら、ここで助けが入るハズなのに現実は違う。
「ホント、イヤらしい体してるよな」
言いながら舌なめずりして、お尻に触れる。体をよじってみたけど、全然離れてくれない。首筋に顔をうずめてきたので、必死になって逃げる。ペロッとされて、気持ち悪さがどんどん増していった。
「いろいろ遊んでるんだろ? 俺とも遊んでよ」
「誰がアンタなんかとっ。写真を撮りたければ、撮ればいいじゃない。そんな脅しに、絶対屈しないんだから!」
「そういう傲慢なトコ、嫌いじゃないぜ」
頭を鷲掴みでホールドされて、近づいてくる気持ち悪い顔が見たくなくて、両目をぎゅっとつぶったら、横からシャッター音が聞こえた。
「だっ、誰だ?」
驚いた戸川さんが、私の体を投げ捨てるように放り出した。安心して、力なくその場にしゃがみこむ。
「私の安眠を邪魔してくれた上に、社内でこのような行為は許されませんね」
視線の先には、さっきまで捜していた今川部長の姿があった。
「またアンタか。神出鬼没もいいトコだな」
「たまたまここで、昼寝をしてただけです。さてこれは、何か分かりますか?」
今川部長の手には、ボイスレコーダーがあった。
「ちょうど会議で使おうと思って、背広に入れてたのが役に立ちました。今までの会話と先ほどの行為の写真を、しっかり撮らせてもらいましたよ」
その言葉に戸川さんが、見る間に青ざめていく。
「君と同じで私も、念には念を入れるタイプなんです。これを人事に持って行こうと思うんですが」
「まっ待ってくれ、それだけは勘弁して下さい。もっ、もう二度とこんなマネしないから」
「彼女に近づいたら……分かりますね?」
「はい、もう近づいたりしません。誓います!」
そう言って逃げるように、会議室を出て行った。
「しまった、謝らせるのを忘れてしまいました」
しゃがみ込む私に近づき、そっと手を差しのべながら今川部長が言う。
「朝比奈さん大丈夫でしたか? もう少し早く助けたかったんですが、怖い思いをさせました」
「捜してました、今川部長の事……」
「はい?」
「そしたら、こんな目に遭って……」
怖くて――ホントに怖くて、泣き出しそうになった。だけど助けてくれた。
半泣きしてる私の頭を、優しく撫でてくれる。
「弁当を食べてから、20分ほど昼寝するのが日課なんです。空いてる会議室を探して、ジプシーしているので」
「昼寝?」
「午後からの仕事の効率が、かなり上がるんですよ」
微笑みながら喋る今川部長の顔に、さっきまで感じていた恐怖が、見る間に吹き飛ばされていく。
「朝比奈さん、もっと自分を大事にしなさい。恥ずかしい写真をばら撒かれたらショックを受けるのは、君だけじゃないんだよ」
「はい……」
明日は会議室を中心に捜そう、そしたらきっと見つかるよね。どうしても、今川部長に近づいてみたい。
注意を受けながらも、まったく別な事を考えてしまったのだった。
ガタガタという扉を何かで押さえる音が耳に聞こえて、ぞくっとしたものが体を走り抜けた。
(これはヤバい展開の予感。中学生の時の、誘拐事件以来のピンチだわ)
懐かしく思いながら、転んだ時に打ったお尻を撫でさすって、ゆっくりと立ち上がる。
「最近、山田とデキてるんだって?」
「あんなヤツとはデキてないわよ、失礼ね!」
キッと睨みながら、戸川さんを見上げてやった。この間、しっかり断ったというのにホントしつこい男。こんな卑怯な手を使うなんて最低!
「わざわざ人気のないトコに連れ込んで、どうしようっていうの?」
「話がしたかったんだ。この前みたく、誰にも邪魔されたくないしね」
戸川さんの言葉に呆れ果て、腕を組みながらため息をついた。今川部長が言ってた「後ろから刺される」って、こういう事だったんだ。
「話だけなら扉の前に椅子を立てかけて、入れなくしなくてもいいじゃない。誰もこんなトコには来ないわ」
「念には念を入れるタイプなんだよね。俺って」
そう言ってじりじり近づいてきたので当然、後ろに下がるって逃げる。後ろを向いたらそのまま襲われそうだし、かといってこのまま後退しても、すぐそばの壁に行き当たる。会議室らしいので、武器になりそうなのは椅子くらいしかない。
「それ以上近づかないで。話をするだけなのに、なんでこっちに来るのよ?」
体の震えを止めるように、大きな声を出した。
「朝比奈さんが逃げるからだよ、じっとしてればいいのに」
言い終わらない内にガッシリ抱きしめられて、体がゾワッとした。
「ちょっとやめてよ、離してっ!!」
全力で抵抗してみるが、やはり男性には敵わない。
「強気のわりに体が震えてるじゃん。寒いの?」
耳元で囁かれて、更にゾワゾワした。あまりの気持ち悪さに言葉が出てこず、そのまま絶句していると、戸川さんは嬉しそうな顔で、あちこち触ってくる。
「朝比奈さん、そんなに寒いなら温めてあげようか?」
「こんな事して、いいと思ってるの?」
「さっきも言ったよね、念には念を入れるタイプだって」
そう言って、私の目の前にスマホを見せる。
「それが何なのよ」
「これで君の、恥ずかしい写真を撮っておこうかなと思って」
(呆れた、それって犯罪じゃないの。この状況も同じだけど……どうしよう!?)
助けてって叫んでも、誰も来るわけない。マンガやドラマなら、ここで助けが入るハズなのに現実は違う。
「ホント、イヤらしい体してるよな」
言いながら舌なめずりして、お尻に触れる。体をよじってみたけど、全然離れてくれない。首筋に顔をうずめてきたので、必死になって逃げる。ペロッとされて、気持ち悪さがどんどん増していった。
「いろいろ遊んでるんだろ? 俺とも遊んでよ」
「誰がアンタなんかとっ。写真を撮りたければ、撮ればいいじゃない。そんな脅しに、絶対屈しないんだから!」
「そういう傲慢なトコ、嫌いじゃないぜ」
頭を鷲掴みでホールドされて、近づいてくる気持ち悪い顔が見たくなくて、両目をぎゅっとつぶったら、横からシャッター音が聞こえた。
「だっ、誰だ?」
驚いた戸川さんが、私の体を投げ捨てるように放り出した。安心して、力なくその場にしゃがみこむ。
「私の安眠を邪魔してくれた上に、社内でこのような行為は許されませんね」
視線の先には、さっきまで捜していた今川部長の姿があった。
「またアンタか。神出鬼没もいいトコだな」
「たまたまここで、昼寝をしてただけです。さてこれは、何か分かりますか?」
今川部長の手には、ボイスレコーダーがあった。
「ちょうど会議で使おうと思って、背広に入れてたのが役に立ちました。今までの会話と先ほどの行為の写真を、しっかり撮らせてもらいましたよ」
その言葉に戸川さんが、見る間に青ざめていく。
「君と同じで私も、念には念を入れるタイプなんです。これを人事に持って行こうと思うんですが」
「まっ待ってくれ、それだけは勘弁して下さい。もっ、もう二度とこんなマネしないから」
「彼女に近づいたら……分かりますね?」
「はい、もう近づいたりしません。誓います!」
そう言って逃げるように、会議室を出て行った。
「しまった、謝らせるのを忘れてしまいました」
しゃがみ込む私に近づき、そっと手を差しのべながら今川部長が言う。
「朝比奈さん大丈夫でしたか? もう少し早く助けたかったんですが、怖い思いをさせました」
「捜してました、今川部長の事……」
「はい?」
「そしたら、こんな目に遭って……」
怖くて――ホントに怖くて、泣き出しそうになった。だけど助けてくれた。
半泣きしてる私の頭を、優しく撫でてくれる。
「弁当を食べてから、20分ほど昼寝するのが日課なんです。空いてる会議室を探して、ジプシーしているので」
「昼寝?」
「午後からの仕事の効率が、かなり上がるんですよ」
微笑みながら喋る今川部長の顔に、さっきまで感じていた恐怖が、見る間に吹き飛ばされていく。
「朝比奈さん、もっと自分を大事にしなさい。恥ずかしい写真をばら撒かれたらショックを受けるのは、君だけじゃないんだよ」
「はい……」
明日は会議室を中心に捜そう、そしたらきっと見つかるよね。どうしても、今川部長に近づいてみたい。
注意を受けながらも、まったく別な事を考えてしまったのだった。