いちばん近くて遠い人
 タバコでつらい過去を思い出す人に言っちゃダメだよ。

 後悔を募らせていると戻ってきた加賀さんは手にタバコ?……違う。ストローをタバコみたいに切ってきたようだ。

「ほら。こんな感じ。」

 咥えてみせてライターで火をつける真似までしてくれた。

 その姿は絵になっていて見惚れてしまう。
 すごく遠い人みたいだ。

  ぼんやり見ていて、ハッとする。

「ごめんなさい!こんなこと………。
 つらくないですか?」

「いや。全然。
 ハハッ。不思議だな。平気だ。」

 頭を撫でて引き寄せる加賀さんに安堵して、もう少しだけわがままを重ねた。

「もう一回やってくれません?」

「あぁ。」

 加賀さんはもう一度やってくれて、それを本物みたいに咥えていた方を私の方へ回して私の口元に勧める。

「ほら。南も。」

 見よう見まねで咥えると、もう1本出して加賀さんが咥えた。
 そして私のタバコから火をもらうように顔を近づけた。

 伏せたまつ毛まで数えられるほどの距離で、普段見せない悪い男の顔を間近で見ているような気がしてドキドキする。

 これがタバコを吸っていた頃の加賀さん……。

「あの頃みたいにタバコの火、点けてあげよっか?」という恭子さんの言葉を思い出して少し胸が痛くなった。

 そして加賀さんは本物のタバコを吸うようにストローを指で挟むと口から離して息を吐いた。
 煙が見えるようだった。






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