いちばん近くて遠い人
 しばらくすると加賀さんは立ち上がった。
 どこかへ行った加賀さんは手に何かを持って戻ってきた。

「これが兄さん。」

 手にしていた写真立てを見せてくれた。
 そして、もう片方の手に2つの時計も持ってきていた。

 恭子さんに会ってから加賀さんは何も時計をつけていない。

 写真には優しそうに微笑むお兄さん。

 時計の1つはハイブランドのもの。
 もう1つは傷だらけで文字盤のガラスに深い傷があった。
 時間も止まっている。

 まるでそれは兄弟の時間を止めているような時計だった。

 ブランドの時計を持ち上げて加賀さんが説明してくれる。
 さっきまでの刺々しさは取れ、仲の良かったお兄さんを思い出して話す加賀さんがそこにいた。

「こっちのは兄さんがつけているのを欲しがってたらくれたんだ。
 優しい兄さんでさ。
 次のもっといいのを買えるように頑張れるって言うんだ。」

 優しい顔をして懐かしむ顔は写真のお兄さんにどこか似ている。
 兄弟だなぁ。

「けど……。」

 傷だらけの時計を震える手でさする。

「亡くなった時はこの時計をしてた。
 俺のせいだ。」

 寂しくて悲しくて。
 加賀さんがどこかへ消えてしまいそうで思わず抱きついた。

 回したその手を加賀さんは撫でて自分の手を重ねた。

「大丈夫。
 今はどちらも大切な兄さんの遺してくれたものだって思えてる。
 最近、つけ始めた時は無理矢理に兄さんを忘れて前を向こうと思ってつけた。」

 ブランドの時計を見つめ加賀さんはそう話す。
 その考えを改めるように頭を振った。

「そんな風に思わなくても、俺にってくれた兄さんはきっとこっちをつけても喜んでくれる気がする。」

 どんな思いで前を向こうと思ったのか。
 けれど今の加賀さんの方がきっといいって私も思えた。

 加賀さんは優しい顔で続けた。

「逆にこっちを付けてたら怒られそうな気がするよ。
 これやったのに罪悪感でそんな壊れたのつけてるのかって。
 そんなことも分からなくなってたんだな。」




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