いちばん近くて遠い人
 私はずっと気になっていたことを口にする。

「どうして私は南さんでも英里でもなかったんですか?」

『君』と呼んだ最初はまだそこまで信用していないからね。のサイン。
 そこから『南さん』や『南ちゃん』を飛ばして『南』だった。

 そして…………。
『英里』と呼んだのはあの時だけ。

 居心地が悪そうな顔をしつつもボソッと真相を話してくれた。

「俺が呼べば……他の奴も呼ぶだろ?
 他の奴に英里って呼ばせたくなかったんだよ。」

 そんなことまで?

「それに……飛行機に乗ったら女嫌いになったんですか?」

 頭をかいた加賀さんがますます居心地が悪そうに答えた。

「一度だけ寝た女が忘れられないだけ。」

 胸が高鳴って加賀さんに抱きついた。

 歩みを止め、口の端を上げた加賀さんが意地悪な顔をして聞いた。

「別れた男に抱きついていいわけ?」

 ここまで来た私にそんなこと聞くなんて。

「私は別れたなんて思ってません。」

 フッと笑った加賀さんが「南の頑固者」とぼやいた。

「じゃまずはタバコを忘れさせてくれる?」

 聞き捨てならない台詞に、近づいてくる口元へ手を添えてキスを拒むと質問した。

「まだ吸いたくなるんですか?
 もう吸いたくもならないって。」

 その手を取って、手のひらにキスをしながら加賀さんは囁くように言った。

「冗談。
 南のキスが恋しくて、キスする口実。」

 口実なんて……いらないのに。

 手のひらのキスの後、そのまま、優しくキスをした。

 唇を離した加賀さんが優しいキスに似合わない台詞を口にする。

「会わないって決めてたのに。」

「ダメ……でした?」

「いや。
 ……南不足で気が狂いそうだった。」

「キャッ。」

 抱きかかえられて連れて行かれる。

「自分で歩けます!」

「ダメ。勝手に会いに来た罰だ。」

 抱きかかえたまま加賀さんは私の耳元に唇を寄せる。

「嫌だって言っても今日はもう離してやらない。」

 甘い囁きに目眩がした。







< 125 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop