いちばん近くて遠い人
 事務所に帰ると部長が飛んできて青い顔をしていた。

「南さんが営業の、しかも岩城様の契約交渉について行ったって本当か?」

「はい。」

 今にも泡を吹いて倒れそうな部長を見て、やっぱり初日で契約を取るなんて異例なんだということが分かる。

 全て加賀さんの思惑通りで手のひらの上で転がされてるだけの気がする。

「み、南さんは事務を担当する為に異動したはずだ。
 そうだよな?加賀くん。」

 同意を求められても涼しい顔をした加賀さんは胡散臭い笑顔でニコニコするばかり。

 業を煮やした部長が矢継ぎ早にまくし立てた。

「専門知識もない南さんが行っては契約破棄され兼ねない。
 そこは加賀くんもよく分かっているはずだ。」

 はずだ。はずだ。

 部長も加賀さんが『そうであるべき』から外れる人間なのだと分かっているから、はずだ。を連呼するのだろう。

 こっちは驚きで声も上がらない。
 部長が青ざめてまで嘘を言うとは思えない。

 加賀さんを横目で観察すれば涼しい顔を崩すことなく報告し始めた。

「大丈夫ですよ。
 南のお陰で渋っていた丘の上平のマンション一棟を契約に漕ぎ着けました。」

「そう、契約に漕ぎ着け……。
 漕ぎ着け……………。
 漕ぎ着けたのか!すごいな。加賀くん。」

 想像と違う結果に混乱する部長が加賀さんの肩をバシバシたたく。

「部長。手柄は南ですよ。
 俺は立ち聞きしてただけですから。」

 加賀さんの意味深な台詞の真意は部長には届かなかった。

「そうか。南さんもよくやった。」

 来た時とは反対にスキップでもしそうな部長は喜び勇んで自分の席へ戻っていく。

 真っ直ぐ前を見たまま、部長の後ろ姿を見つめたまま加賀さんに言った。

「…………ご謙遜を。」

 何が手柄は南よ。
 手柄はほぼ全部、加賀さんに決まってる。

 返事のない頭上を見上げれば笑いを堪えている加賀さんと目があった。

「ここは『ご冗談を』って言うところだろ。
 三段落ち。分からないかなぁ。」

 何のダメ出し………。

 馬鹿馬鹿しくて、笑いを堪えている加賀さんに言い返してやった。

「それじゃ落ちてないですよ。」

「……確かに。」

 大笑いを始めた加賀さんは誰もが奇怪なモノを見るように好奇の目に晒された。

 私は関係ないとばかりに加賀さんから離れて自分の席へ。

 大笑いしながら加賀さんも自分の席へ行くようだ。

 …………。

 あっそ。隣なんですね。











< 13 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop