いちばん近くて遠い人
6.長い一日
 営業という部署で今日ほど助かった日はない。
 みんな出払っていて静かに仕事が出来る。

 加賀さんもどこかへ出ているようだ。
 今日は美智さんにアシストしてもらっているのかもしれない。

 こんな風に静かで平和な日々が過ごせるのなら誰とも関わらずに生きていく方が幸せだ。
 何かを期待することも裏切られることもない。

 いつかそういう暮らしが出来るように頑張ろう。
 そんな決意を新たにした。


 終業時間の間際になって隼人さんと、隼人さんに続いて美智さんが帰ってきた。

 初日は帰りに顔を合わさなかったのに、示し合わせたように戻ってきて、なんだか嫌な予感がする。

 噂を耳にしているだろう。

 平常心を保てるように自分の呼吸に意識を集中した。

 そして、美智さんが第一声を発した。

「南さんって今日の仕事終わりって何か予定ある?」

「今日の……予定ですか。」

 隼人さんも話に加わって同じ質問をする。

「そっ。今からの予定。」

 2人に予定を聞かれる理由が分からない。

 拍子抜けする質問に「特に予定は」と正直に答えた。

「良かった。
 急だけど早い方がいいもの。
 歓迎会。今日でいい?」

「え。誰のですか?」

「何、言ってるの。南さんの、よ。」

 笑う美智さんと頷く隼人さんを交互に見比べた。

「え、だって、私…歓迎される覚えは……。」

 いつでも厄介者で飲み会はいつも「欠席だよね?」と釘を刺される。
 または飲み会があることを知らされないこともあった。

 それで、別に良かった。
 それが………。

 2人は顔を見合わせて残念そうに言った。

「ごめんね。嫌だったかな。
 飲み会とか嫌いだった?」

 申し訳なさそうにする美智さんに力なく首を横に振った。

「だって迷惑をかけてしまいます。
 その……噂とか、聞いてますよね?」

 自分で言うは初めてだったけれど思った以上に胸が押しつぶされそうだった。

 あぁ、という顔をした2人を見て余計に胸が痛い。

「何、言ってるの。
 ボスが認めた子だもの。
 私達はついていくわよ。」

 ボスが……って加賀さんだよね。
 認められているのだろうか。

「僕は自分の目も信じてるけどね。
 噂なんかに惑わされないよ。」

 隼人さんが得意顔で言った。

「あ、自分だけいい顔して!
 私だって南さんがいい子だってもちろん分かってるわよ。」

 2人は仲が良さそうに言い争っている。

 きっと2人が私のことを信じてくれたきっかけは加賀さんの私への対応だ。
 あの人はどれだけ私を違うところへ連れて行ってくれるんだろう。

 慣れない浮き足立つ気持ちに、感謝する気持ち、私が大丈夫だろうかと心配になる気持ちに、加賀さんは信じていいんだろうかという半信半疑な気持ち。

 いろんな気持ちが綯い交ぜになって上手く言葉が出てこない。






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