いちばん近くて遠い人
「今からお客様にお会いするんだ。
 今日は早めに出て良かったな。
 時間はあるぞ。身だしなみ整えろよ。」

 ニッと笑う加賀さんが憎たらしい。
 誰が髪を乱させたのよ!

 憤慨する私から逃れ、戯けて走る加賀さんが道行く人とぶつかった。

 そして………。

 聞き覚えのある乾いた音が響いて「クズ男!!!」と怒鳴り声を浴びせられた後ろ姿はいつかのデジャブだった。

 ただ、今回違うのは走り去り際にキッと女性が私の方を睨んで去って行ったこと。

「イッテ……。
 南を笑った罰だってか?」

 そんなわけがない。

 呑気なことを言う加賀さんは前もそうだけど追おうとしない。

「追わないんですか?
 少しなら話す時間ありますよね?
 私のことなら会社の同僚だって話して来ればいいじゃないですか。」

 私を恋人か何かと思ったのなら完全に誤解だ。

「後腐れない関係って言ったろ?」

「………向こうはそう思って無さそうでしたけど?」

「最初からそういう関係だって言ってあるのに崩してるのは向こう側だろ?」

 どういう主張か理解に苦しむ。
 追おうが追わまいが加賀さんの自由なのには違いない。

 追う気配を感じない加賀さんにハンカチを差し出した。

「ハハッ。
 毎度、南には変なところを見せるよな。」

「………毎度?」

 まさかあの時のこと……。

「前も引っ叩かれてハンカチを借りたろ。
 そうだ。返さなきゃな。」

「え、あ、はい。返してください。」

 覚えてもいるし、知っていたんだ。
 私がその時の人だって。

 この人でも覚えてられるほど珍しかったんだろうな。
 平手打ちされてる人に近寄りたい人なんていない。

 ただ…………。

 声を掛けなれば消えてしまいそうなそんな危うさをあの時、感じて放っておけなかった。

「渡そうとは思ってたんだが、なかなか機会がなくてな。後で渡す。」

 だからまた貸してと、ハンカチを手にコンビニへ入って行った。



「冷たっ。」

 頬に冷気を感じて体を揺らした。

「ほら。奢り。」

 やることがいつも子供染みている。
 それでも差し出されたカップを受け取った。

「いつもすみません。」

「ん。こんくらいいいさ。」

 私にはコンビニのカフェラテで、加賀さんはブラックのようだ。
 そのプラのカップに私が渡したハンカチを巻いて頬を冷やしている。

 クズのせいなのに冷やす姿にみんな振り返るなんて騙されてる。
 首から「僕はオイタが過ぎたので制裁を受けました」とぶら下げておきたいくらいだ。









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