いちばん近くて遠い人
「あぁ。もうこんな時間か。」

 昼休みのチャイムを聞いて我に返る。
 メンバーを見渡せば、他の奴らも息をついた。

 南がここのメンバーになって数日が過ぎた。
 南は実によくやってくれていた。

 事務処理と言っても総務部と営業の事務では勝手も違うだろうが、覚えも早く正直助かっている。

 営業に関してはシロウトだが、線は良さそうだ。

「誰か昼飯、買ってきてくれないか。
 俺の奢りでいい。」

 ポケットから財布を出して数枚の札を抜き取った。

「デザートも有りですよね?」

 隼人が伸びをしてから金を持っていこうとすると「僭越ながら私が行ってきます」とおずおずと南の手が上がった。

「ですので、隼人さんはお待ちください。
 何を買ってきたらいいですか?」

 まだ遠慮してやがる。
 南の奴、んっとに……。

 そう思って自然と口からこぼれ出た台詞。

「南、1人でなんか持てねーよ。
 俺が………。」

 正確にはこぼれ出そうだった、俺が一緒に行ってやるよ。の台詞は隼人の発言で飲み込むこととなった。

「僕も行くよ。
 南ちゃんだけに持たせれない。」

「なーによ。隼人、格好つけちゃって。
 南ちゃん、私も行きたい。
 直接見て、直感で選びたいから。」

 わいわいと楽しげに3人で外へと向かう背中を見送った。
 俺が出る幕じゃない。

「若い衆は行ったなぁ。
 ……あ、ミッチーはこっち寄りか。」

 武蔵がどうでもいいことを言って、さらにもっとどうでもいいことを続けた。

「一緒に行きたいならそう言や〜いいじゃねぇか。
 迷子の子どもみたいな顔しやがって。」

「そんなんじゃねぇよ。」

 武蔵は古くからの付き合いだから厄介だ。

「いいのかよ。」

「何が。」

「隼人、マジかもな。」

 マジってなんだよ。
 それで分かる自分も嫌だけどよ。

「いいんじゃね。隼人も南もいい奴だ。」


 立ち上がると「どこ行くんだ」とストーカーまがいな質問を投げられた。

「便所。」

 みんなして、なんだよ。

 朝、隼人と出勤の時に一緒になった。
 その時に言われたのだ。

「南ちゃんは加賀さんの専属なんですか?
 独り占めしてます。」

 その時は鼻で笑って返した。

「独り占めなんかしてねぇよ。」

「じゃ僕と営業行ってもいいんですよね?」

 隼人の訴えに顔をしかめた。

「本当は細かいことを教えられるミッチーの方がいいんだが。女同士はなぁ。」

「大丈夫です。僕も出来ます。」

 真剣な眼差しから目を逸らして言った。

「あぁ。そうだな。
 順番に連れてってやってくれ。」

 あれは、わざわざ俺の出勤に合わせやがったな。

「あー。タバコ吸いてぇ。」

 呟いた自分の言葉に胸を抉られた。

 ………クソッ。忌々しい。

 トイレに駆け込むと便器に顔を向けた。
 胸糞悪くて胃はムカムカするのに胃液しか出なかった。







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