いちばん近くて遠い人
「あら。どうしたの。」

 作業していた手を止めて看護婦さんが顔を上げた。

「少し休ませてもらってもいいですか?」

「えぇ。ベッド空いてるから使って。」

 小さな医務室で、カーテンに仕切られたベッドへと勧められた。

「もしかしてさっきので妬いて愛の告白か?
 襲われても俺、隼人がなぁ。」

「軽口たたく元気はあるんですね。」

 カーテンを閉めてくれている看護婦さんも苦笑している。

「だから元気だって。」

「いいから横になってください。」

 有無を言わさない態度に諦めたようでネクタイを取り、上着も脱ぐとそれを受け取って脇に置いた。

 額に手を当てると手を取られ頬に移動させられた。

「南、手が冷たいんだな。」

「加賀さんが熱いんです。
 微熱くらいかな。
 寒いですか?暑いですか?
 どこか痛みますか?」

「だから元気だって。」

 頑なな加賀さんにため息を漏らした。

「うちの妹も限界まで我慢しちゃうタイプで今の加賀さんとそっくりなんです。
 無理しちゃダメですよ。」

「姉さんだったんだな。意外かも。
 俺は………いや。やめとこう。」

 言い淀んだ加賀さんに「えぇお喋りはもういいので寝てください」と言えばいつもの調子で「エロッ。でも俺には隼人が……」とふざけた返答が返ってくる。

「眠るまでここに居ますから。
 手、離してくれません?」

 頬に当てられたままの手を引こうとすると、もう一度元に戻された。

「もう少しこのまま。南の手、心地いい。」

 目を閉じた加賀さんに少しだけ安堵する。

 この人はどれだけ自分を追い込んでしまう人なんだろう。
 自分にも嘘をついて騙して無理するタイプだ。

 しばらくすると整った息遣いがして、私の手をつかんでいた腕がベッドの上にずり落ちた。

 眠ったみたいだ。

 そっとその場を離れて看護婦さんに事情を説明する。

「多分ですけど、熱があって食欲も無さそうでした。
 もし起きたら口当たりの良い物をあげたいので持ってきてもいいですか?
 後で買いに行って来ます。」

「えぇ。もちろんいいわ。
 前に倒れたこともあるのよ。彼。
 その時は確か急性胃炎だったわ。」

 倒れたなんて。
 良かった。医務室に連れて来て。

 それに前のことも知っている看護婦さんがいるのなら安心だ。

 看護婦さんは心配そうにカーテンの方を見て、それから続けた。

「ずいぶん無理してるみたい。
 弱音を見せないタイプよね。
 倒れた時も平気だってうそぶいてたわ。」

 後で見に来ますと頭を下げて医務室を後にした。




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