いちばん近くて遠い人
 武蔵さんのお客様はファミリーだった。
 ご夫婦とお子さんが2人。太田様。

 よちよち歩きの子と元気を持て余しているくらいやんちゃな子の4人家族。

 前回、加賀さんが連れて行ってくれた工事中の分譲マンションのご購入を考えている方だ。

 打ち合わせはモデルルームにて。

 武蔵さんはご自身の既婚者としての目線でお勧めな点やデメリットもお伝えしている。
 加賀さんには無い視点で話す武蔵さんの営業は確かに得ることがたくさんありそうだ。

「こら!たっくん!」

 テーブルに上ろうとするお子さんを奥様が叱っている。

「奥様、よろしければ、モデルルームの隣に託児所のご用意があります。
 今日、別のお客様もいらしていて使われているので、保育士もいます。
 利用可能か聞いて参りましょうか。」

 美智さんが託児所の利用申請を出していた。
 保育士1人につき、何人までと決まりがあったから………。

 奥様はそんなことはもちろん知っていたようで困ったように言った。

「あるのは知ってるんだけどね。
 この子、ダメなのよ。」

 まさかのやんちゃのお兄ちゃんがダメだと言う。
 そっか知らない人に預けられるんだもんね。

 何か怒られていると思ったみたいで、たっくんはしょんぼりしている。

「そっか。たっくんはママが大好きなんだね。」

 話しかけてみてもママの後ろに隠れてしまった。

「ごめんなさいね。
 下の子は平気なんだけどね。」

 難しいと痛感する。
 託児所があればいいって問題でもないのだ。

 けれど奥様もきっと武蔵さんとご主人の会話に加わりたいだろう。
 家族みんなの家なのだから。

 私では専門的なことは何も伝えられない。
 自分の力不足も痛感してもどかしい。

「あの辺り学校も近いし、良さそうだけど。
 なかなか見に行けなくて。」

 奥様が話し始めると安心したようにたっくんもママの後ろから顔を出す。
 その姿がなんだか可愛い。

 たっくんは持ってきたボールを私に投げつけて「もう!たっくん!」とまた叱られている。

「いいんです。
 ほら。たっくん。ボール行くよ?」

 ボールを投げ返すと、拾いに行ってキャッキャ言い始めた。
 可愛いなぁ。可愛いんだけどなぁ。






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