いちばん近くて遠い人
「はぁ。これで契約もパーかもな。」

 ため息を吐く加賀さんがおかしかった。

「ふふっ。幸せをつかむこと請け合いってどんな日本語ですか。」

 変なの。なんであんなに加賀さんが私の為に怒ってくれたの。

「怒りが沸点を超えたんだよ!
 なんだよ。あいつ。」

 本当。何がしたかったんだろう。

 亜由美は、加賀さんと何か甘いことを想像して、そこに私が来ちゃったものだからあんな風になっちゃったのかな。

 まだ怒っているみたいな加賀さんに引き寄せられて頭を撫でられた。

「もう魔女なんて呼ばせるな。」

 怒っていると思ったのに、優しい声色に調子が狂う。

「加賀さんも呼んでますけどね。」

「俺はいいんだよ。」

「どういう理屈ですか。」

「南の魔女はいい魔女だろ?」

 よく分からない話をしながらもずっと頭を撫でるその手は温かい。

「オズの魔法使いで、ですか?」

「そう。」

「そうかもしれないですけど。」

「南もいい奴だろ。」

「ッ。それは……本人に同意しろと?」

「あんな道の往来で見知らぬ平手打ちされた男にハンカチを渡すなんて芸当、俺でも出来ないわ。」

「芸当って……。馬鹿にしてます?」

「いや。でも、馬鹿ではあると思う。
 隙があり過ぎて心配になるわ。
 俺みたいな奴に隙を見せ過ぎだし。」

 なんのこと言っているのか……。

 そんな疑問を感じたのに、それが何を意味するのか分かってしまった。

 抱き寄せられるように顔を覗き込まれて、キス………されなかった。
 息がかかるほどの距離で離された。

「気をつけろよ。」

 体を離した加賀さんは頭をもう一度撫でてからモデルルームの玄関へと歩いていく。

「加賀さんに言われたくありません。」

 憤慨する気持ちをぶつけても笑われるだけだった。

「ハハッ。そりゃそうか。」

 どうして、キス……しなかったのって疑問もおかしいんだけど。

 だいたい社内の奴には手を出さないって。
 そっか。この程度、加賀さんにとっては手を出したことにならないのか………。

 加賀さんの行動に意味なんてきっとないのに、心はこれでもかというほどに振り回されていた。







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