いちばん近くて遠い人
「南は隼人との営業に行ってもらう。」

「よっしゃ!
 よろしくね。南ちゃん。」

「はい。」

 昨日、美智さんとの話したことでなんだか強くなれる気がした。

 加賀さんが信頼してメンバーに引き入れてくれた。
 上からの命令とかではなく自ら。

 そのことが何より嬉しかった。

 前にも言われた『一緒に仕事してくれてる奴は信頼してる』と言われたことも本当なんだと、より信じることが出来た。


 隼人さんと営業車に向かうと「加賀さんは南ちゃんと行く時は自分で運転するの?」と聞かれた。

「えぇ。
 私には助手席でお客様の情報を頭に叩き込めって。」

「そっか。じゃそうしよう。」

 ほうきじゃないなら助手席へって言われたなぁ。
 そんなことを思い出してクスリと笑った。

 隼人さんから渡されたお客様の情報に目を通す。

 隼人さんのお客様は単身でマンションを買われる方だった。
 投資目的なのか、なんだろう。

 次のページをめくろうとして、ふと気づく。
 車は全然、動き出さなかった。

「どうしました?隼人さん。」

 真剣な顔の隼人さんに何事かと心配になる。

「南ちゃんはさぁ。
 加賀さんのこと好きなの?」

 もう!どこまで仲がいいメンバーなの!
 2人になったら必ず聞かれるんだけど!

「どうしてそんなこと。」

「だってさっきも加賀さんの話題を出したら、なんか楽しそうだし。」

 そんなに態度に出てるのかなぁ。
 自覚したのも最近で、どちらかと言えば自分でも認めたくないくらいだったのに。

 頭を悩ませていると突き放したような冷たい言葉を掛けられた。

「不毛なことやめろよ。」

 不毛な……うん。不毛だ。分かってる。

 相手はあの加賀さんだ。
 女たらしで、クズ男で………。

 もう否定するのも馬鹿らしくなって開き直って言った。

「私、何も望んでないんです。
 加賀さんの側に居られれば何も。」

 本心だった。

 私は人間関係に失敗ばかりしてたし、男性との付き合いもいい思い出はない。

 その上、女たらしと知った上で好きになってしまった加賀さん。
 これこそ自業自得で、だからもういいんだ。





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