いちばん近くて遠い人
「ほら。奢りだ。」

 空中で円を描いて手元に届いたのは缶コーヒー……というかカフェオレ。
 ブラックじゃない辺りがなんだかくすぐったい。

 ネクタイを緩めて缶コーヒーを口にする加賀さんは酒井さんが言うように絵になっている。

 酒井さんだけじゃない。
 きっと誰もがそう言うだろう。

 風に揺れる髪をかきあげる素ぶりまで計算されてるんじゃないかと思うほどに。

「どうした。」

 見入っていたようで目が合ってしまった。
 それを不自然にならないように視線を外す。

「いえ。」

「中で飲むか。打ち合わせしよう。」

 長身を屈めて営業車に乗り込む所作さえもスマートだからもはや嫌味だ。
 まぁ当の本人は気にも止めていないようだけれど。

 さっそく打ち合わせという名のダメ出しが始まった。

「まだ始めたばかりで自信がないのは分かるが、そこは見せるな。
 自信のなさそうな奴から大きな買い物はしたくないだろ?」

「はい。」

 やはり言ってはダメだったんだ。
 至らぬところ、なんて。

「自信満々って顔をしなくたっていい。
 普通にしてろ。
 せっかく綺麗な顔してるんだ。
 武器にしろ。」

 些細な言葉が心に引っかかる。

 加賀さんはそうかもしれない。
 だからって………。

「武器になんてなりません。」

 初っ端から自分の容姿のせいでお客様に余計な争いを起こしてしまった。
 それを武器になんてしようがない。

 だから加賀さんを睨むように目を合わせて意見した。
 こんなこと加賀さんに言ったところで…。

 上司に反発するなんて今日の私はどうかしてる。
 けれど言わずにいられなかった。

「イケてない奴より憧れるような奴に勧められた方が買う気になる。」

 正論だ。
 だとしても私には出来ない。






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