いちばん近くて遠い人
 あの旧友に風俗へ売り飛ばされそうになった件は、何人かが別の事件を起こして捕まったらしい。
 そこから関係者全てが捕まった。

 お陰ですぐにお役御免になった加賀さんの送迎さえもなくなってしまった。

 自由になった身で何日かに一度、産婦人科に顔を出す。
 酒井様のところへ行く時は加賀さん抜きの女同士の方がいいから、それはそれで良かったのだけれど。

 酒井様との関係上、話すのはもっぱらマンションの話。

「もっとたくさん見たかったなぁ。
 他にもいいところあるんでしょ?
 南さん。話してくれない?」

「建設中の分譲マンションなんですけど……。」

「うん。」

 期待たっぷりの眼差しを受けて心苦しくて胸の内を打ち明けた。

「前に他のお客様にもお話したので同じことを話すしかないのですが……。
 芸がないですね。」

「私には初めて話すんでしょ?」

「はい。」

「いいじゃない。
 また誰かにも言いたいって思うくらい素敵なマンションだったんでしょ?」

 やっぱり酒井様とお話しするとこっちが元気をもらう。
 明るくて寛容でいい方だなぁ。

「マンションはまだ工事中で部屋の雰囲気はモデルルームで見られます。
 マンションが建つ場所の街並みがものすごくいいんです。
 動画。撮ってきます。」

「ありがとう。
 南ちゃんが何かと会いに来てくれるから嬉しいわ。」

 いつも仕事帰りに寄る私が深く考えずに口にした言葉が奥様の顔を曇らせた。

「仕事帰りにいつも寄らせて頂くので、ご主人様ともお会いするかと……。
 もしかして私、ご主人様に気を遣って頂いてますか?」

 ゆっくり話せるように私が来る日は顔を見せないようにしていたら申し訳ない。

 そういう思いからだったのに、実際は想像とは違っていた。

「あの人は仕事で遅いから。」

 寂しそうに微笑んだ酒井様に胸が痛くなった。





< 66 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop